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【修羅場】今日俺が一人で近所の公園でリフティングをしてたら【体験談】

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<>1名前:U-名無しさん投稿日:05/01/1719:32:04ID:6K1dKKyx,<>
いきなり2人組の外人が俺のボールをかっさらって
「カモン、ボーイ」
と言って、笑いながら手でチョイチョイってやった。
俺はカチンときたのでボールを取りに行った。
ボールを保持してる外人はフェイントをかけるような仕草をした。
俺はあっさりとひっかかり、かわされた。
なおも取りに行こうとすると、外人はもう一人の外人にパスした。
それから俺はしばらく二人にもてあそばれて、一度もボールに触れる事が出来なかった。
10分ほどすると、外人は満足したのか俺にボールを渡して二人で高らかに笑いながら去っていった。
その後姿を俺は呆然と見詰めた。
お尻がプリッとした、可愛らしい女の子達だった。友達になりたいと思った。

その翌日、俺は学校に行った。
ずっと遠征だったから、ずいぶん久しぶりだ。

学校に着くとみんながよってきた。
「すげえ活躍だったじゃん」
「これでぜってえ、次のU-18アジア予選も代表に呼ばれるよ」
軽く受け流すと、タカシの顔が見えた。サッカー部の仲間だ。
輪から抜け出して、タカシに声をかける。
「大活躍だったな」
サンキュ、と礼を言っておく。
しばらく留守中のチームの様子などを話していたが、
ふとタカシに昨日のことを話してみた。
タカシは呆れた顔で、
「お前、外人の男と女の見分けもつかねえのか?
 自分が周りになんて呼ばれてるのか知ってるのか?
 「超高校級のテクニシャン」だぞ。
 お前を手玉に取れる女なんているわけないじゃんか」
いや、でも、と俺は心の中でつぶやいた。
出るところは出ていたし、あれはどう見たって女だって。

そういえば、とタカシがつぶやいた。
「今日、うちの学校に転校生来るらしいぞ」
「へえー。男か、女か?かわいい子ならいいなあ」と
脳天気に言ったところで、ふと予感がする。
「まさか、外人の女だなんていわないよな?」
タカシは何もいわなかったが、
こっちを見返したその目が雄弁に返事を教えてくれていた。
「いまどき、そんな都合のいい展開、才能のない漫画家でもつかわねえぞ。
 そんなドラマみてえに話が進んだら世の中苦労いらねえよ」
でも、事実は小説よりも奇なり、という言葉も世の中にはあるのだった。

「今日からうちのクラスで勉強することになった・・」
担任の声を聞きながら俺は呆然としていた。
これじゃほんとにどっかの漫画だ。
担任と並んでたっているのは、まちがいなく、
昨日の二人組みの片割れだった。
担任に促されて自己紹介をはじめた。
といっても日本語がたどたどしいのでよく聞き取れない。
担任の説明もあって、名前をモニカということ。
父親がアメリカ人、母親が日本人のハーフであること。
ずっとアメリカにいたが、父親の転勤で日本へきたということがわかった。
最後ににっこり笑って
「シェ、シュミハfootballです。イッショにplayしましょう」
手に持った紙を見ながらいっている。
どうやらここだけ事前に紙に書いて準備してきたらしい。
俺が腕組みをしていると前に座っているタカシが振り向いた。
「もしかして、ほんとにあいつなのか?」俺はうなづいた。

俺がじっとにらみつけていると、
視線を感じたのか彼女の目が俺と合った。
そして、「ハーーーイ!ボーーーーイ!」と大声で俺に手を振った。
クラスのみんなが何事かという顔で一斉に俺を見た。
これだから外人はいやなんだ。
俺はどうしようもなく、そのままぶすっとしていた。
「なんだ、お前ら知り合いなのか。
いろいろ困ったときはめんどうみるんだぞ」
担任が訳のわからないことをいって、転校生の紹介は終わった。
彼女の席は一番後ろになった。俺も一番後ろだ。
歩いてくるモニカを見てみると、結構かわいい。
胸もでかい。同級生でも十分でかいやつもいるけど、
なんつうんだろ、中に詰まってるものが根本的に違う感じだ。
胸もケツもやっぱり迫力がある。でも決してデブではない。
席に着くときモニカが俺のほうをちらっとみた。
俺が見ているのに気づくと、にこっと笑って指をクイクイと動かした。
またかかってらっしゃい、いつでも相手してあげるわよ、ということか。
くそったれ、むかつく女だ。




 2005年2月上旬。都内のあるビルの一室。
 二人の男の姿があった。

 ビデオを見終わると、うーんと一声唸って小熊は腕を組んだ。
 隣では、アシスタントコーチの滝沢が同じように渋い顔をしている。
 こいつとももうずいぶん付き合いが長い。小熊は唐突にそんなことを思う。
 滝沢とは同じ高校だった。学年は滝沢が小熊より二つ下になる。
 正直、ここまで付き合いが続くとは思わなかったな・・・
 けど卒業から30年近くたった今、ふたりは
 U-20日本代表の監督とアシスタントコーチとして、
 狭い部屋で男二人顔を突き合わせてビデオを見ている。
 「そう簡単に見つかるものじゃねえよな」
 小熊の言葉に「だな」と滝沢が同意した。
 「だがいまのままじゃワールドユースじゃ戦えないのも確かだ」
 滝沢が黙ってうなづく。

 二人が頭を痛めているのは、中盤の核となる選手だった。
 FWは平山を軸に森本、カレンである程度の目処が立った。
 DFも決して十分ではないが、増嶋を中心になんとか闘えるレベルにはなった。
 問題は中盤だった。期待していた選手が怪我で使えるめどがたたず、
 彼らを欠いたU-20代表は最近の試合でまったく精彩を欠いていた。
 中盤を完全に制圧され、ゲームを組み立てることができない。
 このままじゃ間近に迫ったワールドユースでグループリーグ突破もおぼつかない。
 そのため、ふたりは新たな戦力はいないかと、Jリーグやユース大会のビデオを
 目を皿のようにして片端から見ているのだが、ピンと来る選手はいなかった。
 小熊が考える日本のサッカーには、チームの軸となる中盤の選手が不可欠だった。
 パワーで欧米に、スピードとしなやかさでアフリカに、そして個人技で南米に。
 それらの部分では世界のライバルにひけをとることは、
 日本人の肉体の特性もあって否めない事実だ。

しかし日本には日本のよさがある。日本人のよさ、それは組織だ、と小熊は考えていた。
 往々にして組織は個を殺す。そのリスクは小熊も十分身にしみている。
 個の重要性については、ここ数年若年層の大会で代表を率い、
 世界と対峙して苦杯をなめてきた自分がもっとも痛感しているとさえ思っている。
 しかしそれでも日本人でチームを作る以上、組織をないがしろにはできない。
 南米勢のように、技量に優れた選手をセレクトしてフィールドに送り込めば
 チームとして自動的にバランスがとれる。日本人はそういう民族ではない。
 あくまでも組織の上に個の力を乗せるのが日本のサッカーだと考えていた。
 そのためには、やはり中盤で負けることだけは許されない。
 バランスのとれた技量を持ち、できるならば十分なキャプテンシーを持つ選手がほしい。
 前回は今野がいて小熊の考える中盤を支え、かつチームの軸となってくれた。
 誰かいないのか・・と小熊の考えはまた最初に戻ってしまう。

 「ところでよ」と不意に滝沢が口を開いた。「お前、このあと暇か?」
 「なんだ唐突に。まあ今日は家帰ってもビデオ見るくらいだから暇だが・・」
 「なら、埼玉まで行かないか?」
 「さいたま?」小熊は聞いた。「なんでまた?」
 「ほら、いま代表が最終予選の直前合宿やってるだろう?」
 小熊はうなづく。最終予選の初戦を一週間後に控えた日本代表は、
 初戦の会場となる埼玉スタジアムで合宿を張っているはずだ。
 「今日は練習試合で、ほら、岩崎のとこと試合やるらしいんだよ」
 ふふんと小熊は納得する。岩崎はいまは公立高校のサッカー部の監督だが、
 小熊たちと同じ高校だった仲だ。学年は滝沢と同じ。
 小熊が三年のとき、小熊をエースFWに、中盤に滝沢、岩崎の一年生コンビを配して、
 彼らの高校は冬の選手権を制したのだった。
 小熊が卒業した翌年は、二人が主力となって選手権連覇を達成した。
 大学を出ると教師の道を選んだ岩崎は、サッカー部を指導するようになり、
 何年か前に、スタジアムの近くにできた新設校に異動になって、
 そこでもサッカー部の顧問を勤めている。
 優遇措置のない公立高校なので選手集めには苦労していて、
 まだ全国大会の出場経験はないらしいが、
 それでも最近は県大会でコンスタントにベスト4に入るようになったらしい。
 この前の正月、岩崎からの年賀状に
 「今年は期待できる選手がそろいました。全国狙います」と
 書いてあったのを小熊は思い出した。

 「そっか、久々に岩崎の顔でも拝んでやるか。それにしても熱心だな」
 小熊が言うと、滝沢がにんまりと笑った。小熊は、ん?といぶかしんだ。
 滝沢がこういう顔をして笑うときはたいてい裏がある。
 長い付き合いだ、それくらいはすぐわかる。
 「ただの練習試合なら俺もわざわざ見に行ったりしないさ。
  今日の試合には、あっと驚く仕掛けがしてあるんだよ」
 仕掛け?代表の練習試合でなにを仕掛けるんだ?
 「なんてったってキャプテンも一口かんでるらしいからな。
  かんでるというよりは黙認という形らしいが・・・」と楽しそうに笑う。
 「キャプテン?川内さんが?いったいなんのことだ?」
 猪突猛進で有名な小熊の勢いをいなすように、滝沢は手をひらひらさせて
 「それはいってみてのお楽しみさ・・とりあえずさいたまへいってみよう。
  小熊さんならまちがいなく食いついてくると思ったよ」

 俺はスパイクの履き心地を確かめる。そして首をぐるっと回して周囲を見る。
 金網に覆われたさいたまスタジアムの練習グラウンド。
 平日の昼間だというのに、結構な数の人が金網を取り巻いている。
 カメラを抱えたマスコミも多い。もちろんお目当ては反対側の
 サイドに座っている彼らだ。
 俺はもう一度、その集団を見る。手前にいるのは褐色の肌。アレックスだ。
 その奥に見えるのは宮本。生で見るとほんとにほれぼれするほどかっこいい。
 追っかけが黄色い悲鳴をあげるのも無理はない、と思う。
 その宮本と何かを話しているのがジーコだ。身振り手振りで何かを示している。
 おそらくこの試合で、試しておきたいことを確認しているのだろう。
 それ以外に顔が確認できるメンバーを数えてみる。
 加地がいる、松田がいる。松田のくつろいだ感じをみるとスタメンではないのか。
 その他にも小笠原、川口、田中誠・・・そうそうたるメンバーだ。
 彼らが日本代表だ。
 日本のサッカープレイヤーの、サッカーを愛する人の、夢と希望を背負う日本代表だ。
 そう思うと反対側のサイドからオーラのようなものを感じはじめた。
 俺はそれを首を振って振り払う。そんなのは関係ない。ピッチにたつ以上は対等だ。
 全国にでたことのない無名の弱小高校でも、ピッチにたてば同じプレイヤーだ。
 俺たちにも今日は大切にしたい意地がある。

 俺たちは監督のまわりに集まる。
 監督が改めて今日のスタメンを確認する。
 「ゴールキーパーは代表の楢崎さんが助っ人で入る。DFは・・」
 DFはうちのレギュラー陣の名前が順調に呼ばれる。
 うちのチームは4−4−2のシステムを採用している。
 中盤は4人が横に並ぶ。俺のポジションは真ん中の右。攻撃的な役割を担う。
 「MFは左に山口、右に田中、真ん中の右に樋口・・」
 順当に俺の名前が呼ばれる。
 「そして今日は左にモニカに入ってもらう。いいな?」岩崎がモニカを見つめる。
 モニカが力強くうなづく。けど「OK」と返した声が少し震えてた気もした。
 「FWは高田、そして田村。以上だ」最後に名前を呼ばれたタカシが気合を入れる。
 「今日は日本代表との試合だ。細かくいうことはない。ただ」
 一度、岩崎は言葉を切って
 「勝つつもりでやれ。
 可能性は極めて低いが、このチームはそれができるだけの力がある。
 俺がいままで監督やってきた中でも、このチームは一番可能性を感じるチームだ。
 確かにまだ俺たちは全国大会にもでていない。
 しかし、お前らの潜在能力は、高校のトップクラスにも、
 Jのユースにも負けないものがある。
 だが、ぼうっとしていればそれは可能性のままで終わってしまう。
 だから今日の試合からひとつでも多くのことを学べ。
 一分一秒を大切にプレイしろ。そして相手よりも常に一歩でも多く走れ。
 技術では負けても絶対に気合負けだけはするな。」

 「すいません、そろそろお願いします」
 俺たちに声がかけられた。サッカー協会の人なんだろうか。
 その人の後ろから一人走ってきた。楢崎さんだ。
 「楢崎です。今日はよろしく」近くで見るとやはり大きい。
 よろしくお願いします、と俺らは素直に頭を下げた。
 俺たちを笑顔で見渡していた楢崎さんが、突然ぎょっとした表情になった。
 視線はモニカで止まっている。
 「ご、ごめん、もしかして君は女の子・・かな」
 モニカはもう慣れた、というようににっこり笑う。
 この一ヶ月で見る見るうちに上達した日本語で、
 「モニカです。今日はヨロシクおねがいシマす」
 よ、よろしく・・と返した楢崎さんはまだなにか聞きたそうだったが、
 試合の始まりが近づいていた。
 キャプテンの山口が今日の戦術を確認する。
 モニカがいる以上、今日はちょっと工夫しなければいけない。
 でも、みんなの意思統一はばっちりだ。やるべきことをやってきた。
 気合だってひとり残らずぱんぱんに詰まってる。
 大丈夫、これなら絶対いい試合ができる。いける。

 ピッチの中央で整列する。うちのやつらがきょろきょろと落ち着きがない。
 無理もない。サッカーをやっている高校生にしてみれば、
 プロというのは憧れだ。それが代表なら言うまでもない。
 でも、俺はゆっくりと左から右へ相手を見渡してやった。
 大丈夫だ、力んでもいないし落ち着けてる。
 よく見ると代表の面々がモニカを見てびっくりしているのがわかる。
 みんな鳩が豆鉄砲をくらったような表情だ。
 モニカの正面にたった加地さんなんか、
 モニカを見たまま口が少し開いたままになっている。
 礼をして解散になっても、モニカを見ながら何人かの選手が話をしていた。
 何を言ってるかは聞こえなかったが
 「なんで女がいるんだよ?」ぐらいのことを話しているのだろう。
 選手がそれぞれのポジションに散らばっていく。
 キャプテンの山口がコイントスでボールをとったらしく、うちのキックオフになる。
 FWのふたりがサークルの中に入って、審判の笛を待つ。

 俺は反対側のサイドに目をやって、メンバーとポジションを確認する。
 今回も海外組の早期召集はかなわなかった。
 ジーコは連携不足に苦しめられた昨年の苦い経験も踏まえ、
 国内組中心の布陣で、北朝鮮戦に臨むことを公言している。
 システムは最近定着している3−5−2でまちがいないだろう。
 GKはアジアカップでの鬼神のような活躍が記憶に新しい川口。
 DFは田中、宮本、中澤。高さと技術を兼ね備えたメンバーだ。
 ボランチに遠藤、福西。左にアレックス。右に加地。
 このふたりの起用はもはやジーコの信念といっていい。不動のメンバーだ。
 トップ下に小笠原。中村俊輔とのポジション争いが騒がしい昨今、
 レギュラー奪取へ今日も気合の入った表情をしている。
 FWは鋼の肉体を持つ鈴木と抜群のスピードを持つ玉田。
 これがアジアカップを制したアジア最強の、
 ワールドカップを争うアジアのライバルたちが恐れる日本代表だ。

 審判が笛を吹いて試合が始まった。
 タカシが後ろを向いてボールを下げた。俺の足元にボールが転がってくる。
 それをダイレクトで左へ。芝を転がるボールをモニカがトラップする。
 今日はポニーテールにまとめた金髪、大きく存在感を誇示する胸。ぷりっと丸い尻。
 どこからどうみてもナイスバディの女の子だ。
 はじめて着るうちの白いユニフォームもなかなか似合っている。
 冬用で生地が厚いし、アンダーも着ているからブラが透けないのが残念だ。
 ボールを持ったモニカは睥睨するように周囲を見渡した。
 あ、雰囲気あるな・・と俺は思う。口で上手く説明するのは難しいけど、
 すごいやつはたまにボールを持ってるだけで、
 なんかオーラみたいなものを感じることがある。
 足元にボールを収めたモニカの堂々とした立ち姿は、
 彼女が今日の試合で「お客さん」なんかじゃないことを雄弁に物語っていた。
 モニカの存在に気づいた周囲の観客から、一斉にざわざわとしたどよめきが起こる。
 モニカがそんな外部のとまどいを気にすることなく、
 落ち着いた足捌きで、ボールをいったんDFラインに下げる。
 そのボールをCBの内藤が大きく前線へ蹴りこむ。
 ボールを追ってタカシが小笠原を背後に背負いながら走る。試合の始まりだ。

 「どういうことだ、いったい!」小熊は思わず口にしていた。
 「女じゃねーか。岩崎のやつ、何考えてんだ?大切な代表の調整だぞ」
 そこまで口にしたところではっと気づく。
 隣に座る滝沢をみると案の定にやにやしている。
 「これか、お前の言ってた仕掛けというのは。
 それにしても代表が相手だぞ、ばかにするにもほどが・・・」
 そこでまたはっと思いあたる。
 「お前、キャプテンが・・っていってたよな。
 ということは、女がでてくるとキャプテンも知ってるんだな?」
 滝沢は相変わらずにやにやするばかりでなにもいわない。
 さらに滝沢を問い詰めようとしたところで、
 おや小熊さんじゃないですか、と後ろから声をかけられた。
 声の元を振り返ると「上島さん・・」
 優しい表情をした上島の姿がそこにあった。なでしこジャパン監督。
 昨年、女子代表を五輪に導いたことで、一躍その名は有名になった。
 一時はJの監督へ転出するとの噂だったが、引き続き今年も指揮を執ることになった。
 「上島さんまで来てるなんて・・おかしい。ますます怪しい。
  いったいどうなってるんだ。おい、滝沢、早く言え」
 まあまあ、と滝沢はいつものあいまいな笑いを浮かべると、
 「とりあえずじっくり試合を見ましょうよ。
  結構いい試合になりそうな気がするんですよ、この試合は・・」

 鈴木の足元にこぼれ玉が入った。エリアの外。
 「囲め!囲め!」誰かの声。いわれなくたってわかってるよ、と
 俺は後ろから挟み込みに行く。
 シュートコースはセンターバックの内藤がしっかり切っている。
 だが、その状態から鈴木は強引にターンして右足を振りぬいた。
 一瞬ひやっとするがキックはボールの芯を食わず、
 シュートはゴールの脇を力なくそれていった。
 俺はベンチの下級生に声をかけて時間を確認する。15分経過です、と返事がきた。
 よし、第一段階はクリアだ。
 俺たちはキャプテンの山口の指示に従って、ここまで守備偏重の布陣をしいていた。
 DFの4枚に両サイド、そして俺まで引き気味になっての実質7バック。
 幸いになんとか無失点でここまではきている。

さすがに代表は違うな、というのが試合がはじまってみての正直な感想だった。
 大事な試合の前の調整目的ということもあって、
 覚悟していたよりは接触プレーの機会は少なく、スタミナを削られずにすんでいる。
 しかしトラップをはじめとしたボールコントロール、狭い地域でのボール捌きの確かさ、
 そしてスピード、ひとつひとつの判断の早さ。
 やっぱりプロは違うんだな、というのが偽らざる実感だ。
 けど救いは、俺も最近は毎日モニカのテクニックを見ている。
 だから代表のプレイを見ても必要以上にびびることはなかった。
 モニカのテクニックはこいつらにだってひけをとってない。
 ボール扱いだけならプロとも遜色ないモニカの怪物っぷりを改めて痛感した。
 まったくなんて女だよ、と俺は心の中で呟いた。

 さてもう、みんな緊張も解けたことだろう。
 代表のスピードにもとりあえず少しは慣れたはずだ。
 ひきこもりまくっての0−0が俺たちが欲しい結果じゃない。
 「15分経過だぞー」俺はみんなに大声で叫んだ。
 それは単なる時間経過を知らせる声ではない。
 俺たちのシフトアップの合図だ。
 ゴールキック。タカシが落下点に入るが、福西のほうが高い。
 ヘディングでボールが跳ね返される。
 小笠原が胸でトラップするが、すかさずFWの高田がへばりつく。
 この時間からは前、前でプレスをかけていく。
 ボールの動きが落ち着かない。
 誰の足元にもボールが納まらず、ハーフウェーラインをはさんでボールが行き来する。
 このボールはとりたい。とって相手陣地へ攻めこみたい。

 その願いが通じたのか、俺の前でボールを受けた玉田のトラップが少し流れる。
 そこをいいタイミングでボールをかっさらうことができた。
 そのままスピードを上げて相手陣内へ入る。すばやく首を振って、周りの動きを確認。
 みんなわかってるじゃん。
 高田とタカシはDFの前で、少しでもギャップを作ろうとかく乱している。
 右の田中が俺の斜め前、モニカが俺の左斜め前、少し距離があるとこを走っている。
 引きこもりはもうおしまいだ。これからは打ち合いだって覚悟の上だ。
 チェックに来る福西。俺は左にボールを少し長く蹴り出して、
 一気にスピードで振り切る。
 俺がまったく躊躇せずに来るとは思ってなかったのだろう、福西の反応が遅れた。
 体を入れられかけるが身をよじってなんとか交わす。
 目の前にスペースがある。そのままドリブルで突き進む。ペナルティエリアが見えた。
 遠藤が左からスライドしてきて、内を切ってくる。
 ぎりぎりまでひきつけて、小さめのモーションで左のアウトサイドでパス。
 遠藤のマークが外れたモニカがフリーだ。

 モニカは間髪いれずそのボールをダイレクトで前にはたく。
 グラウンダーで、エリアのわずかに外にいる高田の足元。
 高田は田中誠の前、ラインすれすれで待っている。
 高田は自分の左側にいる田中に背を向けて半身に開き、
 ボールを右足に引っ掛けて運んで、DFの網をかいくぐろうとする。
 田中誠が前をふさぎにいく。高田が転ぶ。そのとき、笛が鳴った。
 ファールだ。流されててもあまり文句は言えなかったが、うちにとってはありがたい。
 エリアすれすれだったが、フリーキックの判定。さすがにPKというのはおしが太い。
 田中誠が苦笑いしながら審判になにかいってるが、当然審判は無視する。
 すばやくモニカとアイコンタクト。意思が通じる。
 田中さん、余裕だな。でもこのキックが終わった後でも余裕があるかな。

 俺はわざと時間をかけてゆっくりとボールをセットする。
 位置はペナルティエリアのわずかに外、俺たちから見てゴール正面やや左。
 テレビ中継があれば今頃アナウンサーが
 絶好の位置でのフリーキックです!と叫んでいることだろう。
 ボールの右にモニカ、左に俺が立つ。
 モニカの左足でゴール右へ巻くか、俺の右足でゴール左を狙うか。
 この位置のフリーキックじゃお約束みたいなものだが、壁が近い。
 審判に抗議すると、心持ち下がったがほとんど変わらない。
 本気で気にしてたわけじゃなかったので、別にかまわなかった。
 俺はふと横のモニカを見て、なにか変な仕草をしてるのに気づいた。
 右手で股間を軽くおさえるように何度か叩いている。
 こいつ、なにやってるんだあ?

 ある有名な選手が、緊張したとき自分のアレをぎゅっと握ってリラックスした、
 というエピソードを聞いたことがあるが、モニカもそういう癖があるのか?
 だがモニカが壁のほうを見ながらにやにやしてるのを見て、
 そして壁に入ってる中澤や宮本が、一瞬呆然と、
 ついでみるみるうちに顔が怒りで赤くなるのを見て、その仕草の意味がわかった。
 モニカは、私のフリーキックが当たって、あなたたちの大事なアソコがつぶれないよう、
 しっかり手で守ってなさい、と身振りで示しているのだった。
 顔中から冷や汗が出た。代表に挑発かますとは、まったくなんて女だ。
 こっそり横目で審判を見ると、さっき俺が抗議した壁の距離を
 もう一度確認していて、こっちには全然注意を向けていない。ほっとした。
 審判が二、三歩下がって笛を吹いた。

 モニカがスタート。俺も一拍ずらして動きはじめる。
 しっかりと左足を踏み込んで、蹴る準備。
 だが、それより早くモニカの左足がゴルフのティーショットよろしく
 ボールを刈りとっていった。
 ここまでゴールに近ければモニカのキック力で十分狙える。
 モニカの蹴ったゴールは壁の上をきれいに弧を描いて越えた。
 俺が蹴ると思いこんでいた、壁の面々はまったく反応できない。
 ボールは壁を越えたところで急激に落下し、
 川口が横っ飛びで伸ばす手の先を抜けてゴール右隅に吸い込まれた。
 その瞬間、俺の耳にはゴール裏の金網の向こうに陣取った観客の、
 「うおお」という悲鳴のような歓声が聞こえた。一瞬遅れて審判の笛。ゴールだ。
 モニカが雄たけびをあげて両手を突き上げる。
 俺もガッツポーズ、そしてモニカとしっかり抱き合う。
 無名高校が日本代表から先制点を奪ったんだ、こんな痛快なことがあるか?
 モニカの胸の感触を自分の胸で感じて楽しんだのもつかの間、
 あっというまに俺たちはチームメイトに取り囲まれる。
 おい、もうちょい楽しませろっつーの。

 小熊は思わず立ち上がった。隣で「ぐお」という声を漏らしたのは滝沢か。
 「なんじゃ、いまのフリーキックは・・・すさまじいキレだったぞ」
 「・・・壁を越えてすとん、と落ちましたね。それも半端じゃない落ち方だった」
 滝沢の声も驚きにかすれてる。
 Jでもめったにお目にかかれない弾道だった。
 あのクラスのFKを蹴れる日本人はいったい何人いる?
 比喩じゃなくてほんとうにケツが浮いたぜ、まったく・・・
 ふたりともそのまましばらく言葉が出ない。
 フィールドではボールが中央に戻され、試合が再開された。
 だがそこかしこに今の強烈なフリーキックの余韻が漂っている。
 代表の選手も、毒気を抜かれたような、それとも夢でもみたような、
 いま見たものが信じられないというふわふわ感が抜けていない。
 ゴール裏にいたお客さんはいいものみたな、と小熊は思う。
 あれは金払ってでも見る価値がある。
 できるなら俺もゴールの裏でいまの弾道を拝みたかった。

 「しかしまあ見事に決めましたね」
 「代表の連中、油断してたからな・・」小熊は振り返る。
 「あのお姉ちゃんがあれだけ左が蹴れるとは、
 いまの15分ちょっとの時間じゃわかりっこないだろう。
 ロクにボールにも触っていなかったしな。
 おまけにボールをセットしたのはあの男の10番だったし、
 お姉ちゃんが先に走り出せば、お姉ちゃんはダミーで、
 蹴るのはあの10番だって思っちまったのも無理はない。
 川口もいつもに比べれば、最初の反応が遅かった」
 「あの子が蹴るかもしれない、とわかってたら違いましたかね」
 小熊は沈黙する。
 川口なら止めたかもしれない。
 だが、確実に止められたかと聞かれれば、わからない。
 それが小熊の結論だったが、口にはしなかった。

 左サイド、DFが振り切られる。玉田が一気に高速ドリブルでエリアに侵入。
 CBがカバーに行くより早く、玉田の左足が振りぬかれる。ナイフのような切れ味。
 やられた、と思ったが、楢崎さんの体が横に飛んだ。
 そのまま長身の体が地面で弾む。よし、ボールはしっかり体の下にある。
 さすが、代表キーパー。頼りになるったらありゃしない。
 上出来、上出来、いいよ、その調子。とDFを励ます楢崎さんの声が聞こえる。
 そんなことはない。さっきから再三、DFが振り切られている。
 決定機だけで4,5回はあっただろう。それを全部止めているのは楢崎さんだ。
 まあ楢崎さんにしてみれば、4,5回で済んで上等なのかもしれないが。
 とりあえず今日の楢崎さんがアタってるみたいなのが俺たちにとっては救いだ。

 先制点をとったあとは、一方的に攻め込まれる試合展開になっている。
 引いて守る気はないし、先制直後はまだ中盤でのプレスがかかっていたが、
 時間の経過とともにボールが奪えなくなり、
 ゴール前にボールを入れられることが増えてきた。
 こうなるとさすがにうちのDFラインがじりじりと下がりはじめた。
 おそらく時間は30分を過ぎたあたり。
 やばいな、と思う。このままじゃジリ貧だ。前半持ちこたられるか。
 ここは一発流れを変えるようなプレーが欲しい。
 楢崎さんのキック。ボールがハーフウェーラインを越える。
 タカシが落下点に入るが、福西に押えられてきつそうだ。
 先制してから少しずつ向こうの当たりも強くなってきてる。
 タカシもここしばらく、DFが必死で蹴り飛ばす方向の定まらない
 クリアボールを右に左に追っかけ続けてる。スタミナはきついだろう。
 ポストというより福西と競ったタカシの体に当たったボールが
 偶然ではあるがどんぴしゃで俺のところへ転がってきた。
 それを見た右サイドの田中が走る。
 さっきの攻撃で上がっていたアレックスの戻りが緩慢だ。右サイドがあいている。
 体に電撃が走った。これはチャンスになる。

 右サイドへドリブルで進む。田中が俺の前、ライン際を走っている。
 さっきまでタカシと競っていた福西がアレックスの穴を埋めるべく詰めてくる。
 このまま内をきって俺を外へ押し出すつもりか。
 ちんたら考えることは許されない。即座に判断する。
 かといって判断だけ速くても意味はない。
 状況を見極めて適切な選択肢を考えた上で判断しなければならない。
 見る、考える、決める、動く。そのサイクルを最大限のスピードで繰り返し続ける。
 それがピッチに立つという行為だ。
 スペースがなくなる前にフリーの田中にパスを送る。頼む、中澤さん、動いてくれ。
 田中がサイドラインぎりぎりでトラップ。
 「左!左!」「つめろ!つめろ!」「戻れ、戻れ!」声が錯綜する。
 田中にボールが渡ったのを見て、中澤さんがゴール前を離れ田中につく。
 狙い通りだ。

 田中がすばやくボールを横に入れる。
 よくわかってるじゃん。そのとき、俺は福西の左脇をすり抜けている。
 ボールを受ける前にルックアップして中を確認。
 視野の左すれすれでモニカが走ってるのが見える。
 ボールを右足でトラップ。俺と田中のワンツーのような格好になった。
 置き去りにした福西が俺のすぐ後ろから追ってきてる。あの人の潰しは強烈だ。
 本気でこられたらトラックに轢かれたカエルのようになるのがオチだ。
 足元に目がいくのをこらえて、ルックアップ。
 右サイドの田中を見る。DFラインを見ながらライン際で張っている。
 俺の目の動きにつられた中澤は田中から離れられない。すぐ後ろから人の気配がする。
 頼む、わかっててくれ。心の中で祈る。
 左前方へ右足のインサイドでグラウンダーのパス。
 さっき中を見たとき、DFラインの前、遠藤の後ろにスペースが見えた。
 あのときのモニカはそこを狙って走っていたはずだ。
 きっとモニカにもあのスペースが見えている。

 どんぴしゃ。宮本の前のスペースに走りこんできた
 モニカの足元に俺が出したボールが吸い込まれる。
 一瞬、対峙する格好になった宮本があわてる。チェックに行きたいが後ろがいない。
 裏を取られる格好になった遠藤が慌てて後ろから挟みこむ。
 だがお構いなしにそれより早くモニカは左へさらに流す。早い判断。
 またたく間にボールが右サイドから左サイドに移る。
 俺たちの流れるようなパス回しに、周囲の観客から歓声が上がる。
 聞こえてるか、モニカ。あれは俺たちのプレイへの歓声だぞ。
 サイドを転がるボールを受けたのは山口。
 加地が左サイドの攻防に釣られ、やや中に絞っていた分、
 山口にはサイドのスペースが存分に与えられている。
 あいつのあんないい上がり、はじめてみたかも。走りながら俺は思う。
 山口がワントラップ、ライン際まできれこんでから、
 落ち着いてしっかりと中を見てからクロスをあげる。
 いくら代表が相手でも目の前にいなければ、普段の試合と違いはない。
 中央にいいクロスが上がる。ペナルティスポットあたり。川口は前に出ない。
 タカシが宮本相手に懸命にポジションを競っているが、さすがに分が悪い。
 宮本がタカシにわずかに競り勝ってヘディングでクリア。
 だがこの時間はサッカーの神が俺たちについている。

 タカシが競った分、ヘディングのボールに力がない。
 ペナルティエリアの少し外。ボールはモニカの正面へ落ちてきた。
 足元にぴたりと落として、左足でボールを持つ。
 遠藤がすばやくチェックに行ったその瞬間、モニカがついに牙を剥いた。
 左足の裏でボールを後ろに引いて、そのまま右足を軸にターン。
 絵に書いたように美しいルーレット。金髪のポニーテールがきれいになびく。
 刹那の後、モニカは完全に遠藤と体を入れ替えている。
 目を疑う出来事に、さすがの代表のDFも一瞬ボールを見てしまう。
 一秒にも満たないほんのわずかな時間の思考停止。
 だがピッチという戦場では、それが時に命取りとなる。
 そのミスを許すことなくモニカが即座に宮本の横を通すスルーパス。
 俺はDFラインの間を駆け抜けて、一気にエリアに侵入する。
 トップスピードでラインの裏に抜け出た俺の足元にぴたりとボールがくる。
 誰かが手を上げてオフサイドをアピールしているが、旗は上がらない。

 右のインサイドでトラップ。ボールを右足の前に置く。
 川口がおどろくほどの瞬発力でボールに飛び込んでくる。
 早い。すさまじい反応の早さだ。けどまにあわない。まにあわせない。
 コンパクトな振りで、軽く。けれど十分な強さを与えて蹴る。
 俺の足に心地よい感触を残して、ゴールへ飛んだボールは
 川口の手を抜けて静かにゴール右下におさまり、
 ネットを水面に広がる波紋のように、きれいにきれいに波打たせて揺らした。
 審判の笛が鳴る。2点目だ。
 観客からのぱらぱらとした拍手が、俺の耳に届く。
 派手なガッツポーズはしない。代わりに右のこぶしをぎゅっと握り締める。
 モニカからもらったパスの感触が、打ったシュートの余韻が、
 まだ俺の右足に残っている。

 タカシが顔をくしゃくしゃにして飛んでくる。
 「やったな、この野郎」お前、祝福してくれるのは嬉しいけど、力入れすぎ。
 ばしばしと叩かれた頭がひりひりした。
 でも、チームの誰が点を入れても、一番先に飛んでくるのはタカシだ。
 そんなタカシが喜んでる姿を見るのが俺も実は結構好きだ。
 みんながかわるがわる祝福に来る。
 練習試合だから抑え目だけど、なんてったって相手は日本代表だ。
 モニカもきた。「nice shoot!」
 ご褒美のチュぐらいあるかと思ったが、それはさすがに無理な頼みだった。
 代わりに手と手を合わせて喜びを分かち合う。
 目の前でモニカの夏みかんのような胸が上下にリズミカルに揺れた。
 ふと、こういうふうにモニカと一緒に喜べる試合は当分ないんだな、と思う。
 もしかしたらもう二度とないのかもしれない。
 でも感傷に浸ってる暇はなかった。後ろを振り返る。
 まださっきのはラッキーゴールということもできたかもしれない。
 もうそれは通らない。無名のガキんちょどもに
 2点のリードを許した代表のメンバーから熱いオーラが立ち上っている。
 さっきまでと顔つきが違う。男の怒りだ。

 代表のキックオフで試合開始。
 ボールを受けた小笠原がいきなりロングボールを蹴りこむ。
 俺のところだ。見上げて距離を目測。その瞬間、壁にぶつかったような衝撃。
 鈴木だ。鈴木の背中が俺の前に立ちふさがっている。
 熱が、熱さが、鈴木の背中から伝わってくる。怒りの熱だ。
 少し下半身で押してみるがびくともしない。むしろこっちがずり下がっている。
 完璧にポジションをとられている。トラップ際を狙うしかない。
 だがボールは股の間からいれた俺の足の届かない位置にきれいに落とされた。
 くそったれ。なにもできないじゃないか。
 鈴木が上がってきた福西にボールを受け渡す。福西はすぐに左のアレックスへ。
 ライン際でボールを運ぶアレックス。田中が並走する。
 アレックスは一瞬、ドリブルで抜くそぶりを見せたが、
 中央に下がり気味にきれこむと、流れてきた小笠原にパス。
 しまった、俺がついておくべきところだ。
 後ろを振り返ると、鈴木はもう前線に上がっている。
 DFに任せていそいで小笠原の前を切る。
 小笠原は俺に目もくれず、中央に横パス。遠藤が受ける。モニカが対処。
 遠藤はさらに右へ。田中誠が上がっている。
 FWの高田が横から追うが、追いつく前に田中はボールを前へ。加地がひいて受ける。
 そのまま中へ少しドリブルしてすぐにまた中央へ。もう一度遠藤。
 やばい。ボールが回りはじめた。

 遠藤から横パス。小笠原がトラップ。俺がつく。
 小笠原は左にターンしてパス、と見せかけてボールは出てない。フェイントだ。
 すかさずきりかえして右を向くと、右サイド奥へロングボール。
 いつのまにか加地のマークが外れている。
 SBの渡辺が必死に追っているが、あれはクロスが上がるのを止められない。
 加地がしっかりと中を見てからクロス。
 俺は小笠原と絡み合うようにしてゴール前へつめる。
 クロスが上がる。これはボールが来る。小笠原が飛ぶ。俺も飛ぶ。
 小笠原の背中のユニフォームを引っ張ってみるが効果がない。やばい。
 だが、ボールの弾道は俺たちを越えていく。ラッキーと思ったのもほんの一瞬、
 後ろにいやな気配を感じる。見なくてもわかる、鈴木だ。
 鈴木がワントラップして強烈なシュート。コースに飛び込んだ内藤の体がブロック。
 内藤がもんどりうって倒れる。銃で撃たれたような倒れっぷりだ。
 こぼれたボールにアレックスが走りこんでくる。今度は神様は向こうの見方らしい。
 これは俺の役目らしい。しょうがない。スライディングでシュートコースに飛び込む。
 ばちんとすねのあたりに鈍い衝撃。まにあった。
 だがそのボールは今度はゴール正面にいる小笠原のまん前に転がる。
 神様、勘弁してくれ。小笠原の強烈なミドルシュート。ゴール左上に一直線。
 楢崎さんが横っ飛び、間一髪のタイミングで弾き出した。
 ボールはそのままゴールラインを割る。セーーフ。
 どっと疲労が体中に押し寄せる。負け試合でよく経験するあの嫌な感覚だ。
 前半はあと残り何分だ?もうそんなにないはずだ。

 時間のたつのが遅い。
 ロングボールを競ったタカシが空中戦で福西にあっさりとつぶされる。
 つんのめって倒れるタカシ。笛が鳴らないかな、と期待するが、審判は無視する。
 こぼれたボールを右サイドの田中が持ちかけるが、アレックスと中澤に囲まれる。
 コブラツイストのような格好で体を抑えられるともうなにもできない。
 田中が倒されてボールを奪ったアレックスがドリブル。笛は鳴らない。
 田中がいない分、前が開いている。
 俺が寄る。「モニカ!中!」俺のカバーはモニカに頼む。
 俺と向き合ったアレックスが妖術師のような足捌きで怪しいリズムを刻み始める。
 勘弁してくれ、と内心愚痴のひとつもでる。
 こっちも足に来はじめてるのにこれを抑えろってか?
 淡々としたリズムからいきなりボールがすぱーんとライン際に蹴りだされる。
 アレックスの体が躍動する。懸命についていく。
 だが、追いついたアレックスは急ブレーキ。右足に持ち替えて中へ切れ込む。
 腰が踏ん張りきれない。俺の左側をアレックスが抜けていく。

 そのままクロス。エリア内に上がっている。鈴木と内藤の競り合い。
 頭ひとつ高く抜け出した鈴木がヘディング。ループ気味の軌道。
 ジャンプして飛びついた楢崎の手の上を越える。
 決められたか?と一瞬息が止まったが、ボールはバーに当たってエリア内に跳ね返る。
 はねかえったボールを小笠原が迷いなくシュート。
 DFの誰かに当たってボールが跳ね返る。
 こうなるとラインも戦術もあったもんじゃない。ただの肉壁だ。
 エリアの外へ転々と転がったボールをモニカがとりにいくが、
 それより早く、遠藤が後ろから全速で走りこんでくる。強烈なミドルシュート。
 ボールは弾丸のようにあっというまにエリアを抜けて、
 そのままバーの上を飛んでいった。枠をそれた。思わず、ふーっとため息がこぼれる。
 そこに女神様の声にも聞こえる審判の笛。ようやく前半が終わった。

 ベンチに戻る。みんな疲れている。どさどさと倒れるように座り込む。
 大の字になって寝ている奴もいる。
 俺の脇でタカシもどっかりと地べたに座り込む。
 相当消耗が激しいようだ。無理もない。
 高校生の中ではかなり体格のいい部類に入るタカシだが今日は相手が悪すぎる。
 あの相手に45分がりがりやられることを考えただけで、身震いが来る。
 タカシは後半持つだろうか?そう考えてる俺自身もあと45分持つのか?
 「なに、シケたつらしてんだよ」声にはっとすると、タカシがにやにや笑ってる。
 「お前、もう俺がバテバテで後半もたねえんじゃねえか、と思ってるんだろ」
 俺はそのとおりだ、とも言えずに黙っている。
 「あそこに何人か人がいるだろ」タカシは顎をしゃくってピッチの反対側をさした。
 その方向を見てみると、見学者はみんな金網の外にいるのだが、
 何人かの男が金網の中、タッチラインから少し離れた場所で談笑している。
 関係者だろうか。
 「レッズのスタッフだよ。代表にきてるメンバーの様子確認がてら来てるんだろ。
 ユースのスタッフもいるよ」タカシがさらりと言った。

 タカシが中学までレッズのジュニアユースにいたことは、みんな知っている。
 というかうちの県内で俺と同い年でサッカーやってた奴ならば、
 タカシの名前は一度や二度、耳にしてないほうがおかしい。
 あちこちの大会でレッズのジュニアユースのFWとして
 アホみたいに点を取り捲っていたし、見るからに動きの次元が違っていた。
 だから、タカシがユースに昇格できなかったらしい、と
 風の噂で聞いたときは驚いた、というか、
 あれでもだめならプロってのは無茶苦茶次元が高いんだな、と思った。
 その次に驚いたのは、入学式でタカシと顔をあわせたときだ。
 いくら昇格できなかったとはいえ、タカシほどの力があれば、
 どんな強豪校だって好きなとこに入れただろう。
 てっきり県内か近隣の私立で、特待生扱いでサッカーを続けると思ってただけに、
 多少強いとはいえ、こんな普通の公立高校に来るとはまったく予想外だった。

 俺とタカシはすぐにすっかり意気投合した。
 点取り屋らしく多少性格にアクはあるけれど、
 自分が上手いことを必要以上に鼻にかけることはない。
 ただ、はっきりと口にすることはなかったが、
 タカシが自分が昇格できなかったことに納得してないことは、
 一緒にいると自然と言動から感じとれた。
 自分を落とした連中をいつか絶対に見返してやる。
 だからタカシの練習には、いつも俺たちとちょっと違う凄みがあった。
 俺はもっと上に行くんだ。練習中、たまにタカシの背中が
 そう叫んでいるように見えることがあった。
 当時一緒のチームにいた訳じゃないから、俺にはタカシが昇格できなかったことが
 妥当なのか、それともまちがった判断なのかわかるよしもない。
 でも、そんなタカシの姿に時々痛々しさを感じたのも事実だった。
 もちろん本人には言わないし、俺の勝手な感情だ。
 俺たちの学校は埼玉スタジアムに近い。
 グラウンドから外をおおぎ見れば、埼スタの白い屋根がすぐに目に入ってくる。
 いわずと知れた浦和レッズのホームスタジアム。
 順当に昇格していれば、自分が熱烈なサポーターの声援の下、
 プレイしていたかもしれない可能性のある場所。
 こいつはどんな気持ちであの白い屋根を見てるんだろう、なんて思ったりもした。
 そしていま、このサブグラウンド。
 あの白屋根は普段よりずっと近くに見える。

 「ばーか。過去のことは過去のこと、だよ」
 俺の心を見透かしたようなタカシの言葉に、ぎょっとして振り返る。
 「わかるよ、お前らがなんとなく俺を心配してること。
 そういうのって確かにちょっと不自由だもんな。でもな。」
 タカシはにこにこと笑って俺を見た。
 「やっぱり今日だけは負けられないんだよ。ぜってえにな」
 そういって何がおかしいのかひとりでけらけらと笑った。
 俺はなぜかちょっとほっとしてタカシを見ている。
 「それにな、お前、馬鹿にすんなよ。
 俺はな、愛するモニカちゃんのためなら100キロマラソンだって走れるぜ」
 「口だけならほんとにプロ並だな。スペースに出したらちゃんと走れよ」
 「お前もだよ。今日はいつもみてえに、
 ほいほいパス出して、後はお任せって立場じゃねえんだからな」
 ちらっと少し離れたところに座ってるモニカを振り返り見ると、
 「俺ら一人ひとりでモニカちゃんをカバーするんだ。わかってんだろうな」
 わかってるに決まってんだろ、と言い返す。

 「後半、お願いします」
 さっきと同じ協会の人が俺たちに声をかける。
 俺たちはピッチに入り、中央で円陣を組む。
 楢崎さんも前半と同じように輪の中に入ってくれた。
 山口が気合を入れる。俺たちの気持ちがひとつになる。
 円陣を解いて、ポジションにつく。
 まだ代表の選手たちはベンチの周りで輪を作っている。
 前半で2−0。いくら調整とはいえ、納得できるスコアではないだろう。
 いつのまにかキャプテンの山口が俺の脇に来ていた。
 「結果には納得してないだろうが、さすがにこの試合で
  疲労をためるわけにはいかないからな。
  後半はおそらく総とっかえでサブ組がでてくるだろう」
 俺の考えを読んだかのように山口がいった。
 代表の選手がベンチを離れ、ピッチに出てきた。
 顔ぶれを見ると、やはりサブ組だ。
 代表のベンチを見ると宮本が険しい顔でピッチを睨みつけている。
 この無様な内容のままピッチを退くのは、さぞかし屈辱に違いない。
 俺は、ベンチから視線を外し、反対側にいるメンバーを確認する。
 GKは土肥。Jで連続出場を続ける鉄人だ。
 坪井、松田、茶野の姿が見える。中田浩二と阿部勇樹。
 手前に藤田俊哉、三浦アツ。
 FWはJの日本人得点王の大黒とどうやら本山か。
 ひとり右サイドにいる顔だけがまったく記憶にない。
 山口に確認すると、
 「たぶん人数が足りないからスタッフが助っ人で入ってるんだよ」
 最初は遠目でよくわからなかったが、いわれて見ると他の選手たちとは
 明らかに雰囲気が違う。

 「4−4−2かな、3−5−2かな。なんとなく3−5−2っぽい雰囲気だけど」
 最近のジーコジャパンの場合、4−4−2のシステムは、実際は2バックにして
 より攻撃的に行きたいときに使ってくることが多い、と山口は言っていた。
 「ま、どっちにしろ、きつい45分になるのはまちがいない。
 クラブと違って代表はみんな一流選手ばかり。
 監督が違えば、レギュラーでもおかしくない顔ぶれがそろってるんだし」
 ふと後ろを見ると、楢崎さんがうちのDF陣に指示をしているのが見えた。
 ラインかポジショニングか。身振り手振りで笑顔を交えて話している。
 俺はなんか嬉しくなってその様子を見ていた。
 ついで左を見る。モニカのすらっとした立ち姿。
 前半楽をさせたせいか、スタミナには余裕がありそうだ。
 俺の視線に気づくと、にこっと笑って親指を立てた。
 スタミナは大丈夫よ、ということなのか、後半も行くわよ、という意味なのか。
 いろいろ考えてるうちに、現実に引き戻す審判の笛。
 また体のきしむ45分が始まる。

 「後半はサブ組ですね、やはり」滝沢が代表のメンバーを確認しながらいった。
 「当然だろ」小熊は言う。「代表の目的はこの試合に勝つことじゃない」
 「わかってますけど。でももうちょい見たかったですね」
 ボールが動きはじめる。代表の動きがいい。またたく間に敵陣でゲームを進めはじめる。
 「しかし前半で2−0ですか。ジーコも頭抱えてるでしょうね」
 滝沢の目の動きにつられて小熊もつい代表のベンチを見てしまう。
 ジーコはピッチ際にたっている。表情が険しい。
 「完璧に崩されたからな。あれを狙ってやってたんならたいしたものだ」
 「というと?」
 立場上、代表チームについて対外的な発言はできない小熊だが、
 もちろん自分なりに代表チームについていろいろ思うことはあった。
 「代表の守備を見てみると、セットプレーやコーナーキック、
 サイドからのクロスには強いんだよ。
 クロスから一発ゴツン、なんて失点もなくはないが、思いのほか少ない。
 その理由は中澤の存在だ。中澤の空中戦の強さは抜群だからな。
 逆に失点を見てみると、
 ボランチの後ろ、ディフェンダーの前のスペースを使われることが多い。
 意外とエリア手前からのミドルシュートなんかがあっさり決まるんだ。
 あそこにスペースができやすいし、結構ボールを持たせちまう。
 前半の2点ともあのお嬢ちゃんがあそこに入り込んで、いいボールを配給してる」

 小熊の視線の先でモニカがボールを持った。
 すばやく周囲を確認してパスを送る。その姿が様になっている。
 プレイする姿に破綻がない。雰囲気がある。
 「それに右にいる10番も、中澤を中央から引き剥がそうとしていたろう。
 アレックスの上がった後、中澤がカバーに行ってサイドに引き出された時も、
 日本の失点は多いんだよ。
 2点目のきっかけとなった左からのクロス、
 中澤が中にいたら、きっちりクリアしていた可能性は高いな」
 高校チームのDFが苦し紛れのロングクリア。
 FWがけんめいにボールを追いかけるが、それをあっさりあしらって、
 代表の松田がボールキープ。そのボールがサイドに渡る。
 「後半はどうなりますかね」滝沢が試合から目を離さずにいう。
 「お前はどう思う?」小熊は聞き返す。

 滝沢はしばらく考えていたが
 「代表有利でしょうね。高校生はもう45分走っているのに比べ、
 代表はサブ組でフレッシュですし。
 それに本番を考えて抑え気味になるレギュラー組に対して、
 サブ組はジーコへのアピールという動機付けがありますからね。
 ましてレギュラーが2−0で負けた後ですから。目の色変えてやるでしょう」
 フル代表やクラブのトップチームが、ユースや高校等のアマチュアと試合をやれば、
 勝って当たり前と思うのが普通だが、実はそう簡単なものではない。
 この手のマッチメイクはほとんどの場合、プロ側の調整を目的として組まれる。
 時には勝ち負けをとりあえず置いてでも、
 確認しなければいけない決まりごとや、試したいオプションがあったりする。
 その一方、ユース側はトッププロとやれる、という高いモチベーションがある。
 失うものなく全力で自分たちのできるすべてをぶつけてくる。
 これだけ置かれた立場が違うと、簡単な試合にならなくても不思議はない。
 試合自体が拮抗したものになることは、小熊にとって決して驚きではなかった。
 ただ2点差がつくとは予想もしなかったが。
 この手の試合はたいていはフィジカルと集中力の違いが最後はものをいって、
 妥当な結果に収まるのが常だが、この試合もそうなるのか?
 だがそれにしてはあのお嬢さんが気になるな・・

 後半は一方的に押し込まれている。
 俺もモニカもボールを持って前を向くチャンスがない。
 全然ボールが相手陣内に行かない。まるでハーフコートのミニゲームだ。
 DFがひたすら遠くに蹴っているだけのクリアボール。
 FWの高田とタカシは懸命に追っているが、さっきから徒労に終わっている。
 うちのDFはもうエリアから離れられなくなっている。
 FWとDFの間のだだっ広い空間。
 いくら俺が孤軍奮闘してもプレスがかかるわけはない。
 両サイドもじりじりと引き出している。その上、明らかに上がりが鈍い。
 左サイドの山口が目に入る。奴もかなり疲れている。
 またDFからとにかく蹴っとけ、というロングボールが前線へ。
 タカシがジャンプしてそのボールを競る。
 その瞬間、タカシが鉄砲で撃たれたようにはじかれて倒れる。
 すかさず笛。松田が後ろからぶち当たったらしい。
 タカシがそのまま倒れている。
 審判が松田を捕まえて二言、三言話している。

 松田はわかった、わかったとでもいうようにうなづくと、
 倒れているタカシの頭をぽーんと叩いて自陣に戻っていった。
 一応タカシの様子を見に行く。怪我はないようだ。
 「思いっきしきやがったぜ・・練習試合なんだからもうちょい優しくしてくれよな」
 手を伸ばす。その手をタカシがつかんで起き上がる。
 「2点差だからな。相手もそうそう緩くはしてくれねえよ」
 ああ、とうなづいたタカシの顔が妙に凛々しい。
 ほんとにこいつよくやるよ。
 さっきからフリスビーを追う犬のように右に左に、
 ロングボールを追ってあきらめることなく走り回っている。
 お前、たいしたやつだよ、と俺は心の中で声をかける。
 立ち上がったタカシが
 「俺のスタミナは気にしなくていいからな。
 出したいと思ったところにパスを出せ。必ず走るから。
 モニカちゃんとの大事な試合だ。今日は絶対に言い訳しねえからな」
 タカシの目がギラギラしている。
 頼む、我慢してくれ。俺は心の中でわびる。そのうち必ずパスを送るから。
 いつしか俺はモニカがうちの学校に来てからの記憶をたどりだしていた。

 モニカは転向してきたその日から、早速、サッカー部に顔を出した。
 珍しく練習の開始前に顧問の岩崎が、部員全員を集める。
 「今日から一緒に練習することになった2年生のモニカだ。
 正式な部員ではないが、練習は全部一緒に行う」
 他の奴らの顔を見るとなんともいえない微妙な顔をしている。
 視線がモニカの胸にしかいっていないような
 馬鹿面でにやけてるアホどもはおいといて、
 多くの連中は、かわいこちゃんと練習できるのは嬉しいが、
 はたして練習についてこれるものなのか、足を引っ張られるだけに
 終わるんじゃないか、と内心首をかしげているのがわかった。
 練習開始、という岩崎の声に、俺たちはグランドに散らばる。
 下級生の掛け声にあわせてランニング、ストレッチ。
 そのあとはボールを使ったウォーミングアップ。
 俺の今日の相手はタカシだ。
 タカシの蹴ったボールを頭でトラップ、右膝に落とす。
 交互に左右の膝でボールの感触を楽しんでから、
 下へ落として足首でホールド。そしてタカシへ戻す。
 そのとき、グランドで突然に歓声が起きた。

 顔を向けるとみんながモニカを見ている。
 みんなの視線の先でモニカはボールを頭の上で静止させていた。
 いわゆるオットセイのポーズだ。
 その状態からボールを背中づたいに落としたかと思うと、
 右足のヒールで蹴り上げる。そのボールをもう一度頭でトラップ。
 ボールは小さく弾んだが、またモニカの頭の上で静止した。
 その動きが早く流れる。ボール捌きが美しい。
 隣でタカシが「ひゃあ」と驚きの声を上げた。
 もう一度背中づたいにボールを落とす。もう一度ヒールかと思いきや、
 左のアウトサイドでボールをトラップすると、体の正面へ持ちかえた。
 「なんや、あれ。前、テレビで小野伸二がやってるのみたことあるけど・・」
 ボールに紐か粘着テープがついてるに違いない、と思わせるほど、
 そのあともモニカは見ほれるようなボールコントロールを披露した。
 いつのまにか部員がみんな練習をやめて、モニカのショーに見入っていた。
 「お前の話、信じる気になったわ」とタカシがつぶやく。
 アホか、と俺は心の中で呟く。これを見せられて、
 それでも信じない奴がいたらそいつは頭がおかしい。
 ふと気になってグランドを見渡すと、グランドの隅で岩崎が腕組みをして立っている。
 いつもどおり。じっと静かに俺たちを見ている。でも、驚いてる感じはない。
 あいつ、モニカの力を最初から知ってたのかな、と俺は思った。

 せっかくだから、ということで今日はメニューを変更して紅白戦をやることになった。
 キャプテンの高田が岩崎に許可を求めにいくと、
 メンバーは自分たちで相談して決めろ、という答えだった。
 俺とタカシは、モニカの敵チームに入ることにした。
 三人が一緒では、実力差の調整が難しかったし、
 それに敵側にいたほうが、よくプレーを観察できる。
 あとはレギュラー陣とサブ組を両チームにバランスよく振り分ける。
 モニカを抜きにすれば、まちがいなく俺たちが有利だな、と
 組み分け結果をみて、心の中でおれは思う。
 なんてったってエースFWのタカシと司令塔の俺がいる。
 審判役の下級生が笛を吹いて、相手チームのキックオフで試合が始まった。
 俺はさっそくモニカのポジションを確認する。センターサークルの後ろ、MFの位置だ。
 FWの1年生がボールを下げる。早速、モニカにボールが回った。
 それをみたタカシが喜びいさんでチェックに行く。
 そのまま抱きついて胸でも揉みかねない勢いだ。
 そのダッシュ、普段の試合で見せろよ、と俺は心の中で毒づく。

 タカシのダッシュをみたモニカは左前の半身にかまえる。ボールは右足で持っている。
 馬鹿正直に正面からくっついたタカシに、
 モニカは落ち着いて右のヒールで自分の右後方、タカシの右側にボールを出す。
 体を預け気味に右回転させて抜け出す一方、
 左手ではきっちりタカシのシャツのすそを引っ張っている。
 モニカのスムースな回転にきれいにバランスを崩されたタカシは、
 柔道よろしくもんどりうってグランドに倒れた。
 あの馬鹿。いくらなんでもなめすぎだって。起き上がったタカシが呆然としている。
 こうなりゃ俺が行くしかない。顔を上げたモニカが俺に気づく。
 くいくい、とモニカが指を動かす。なめんなよ。
 この前は二人相手だったから苦労したが、一対一ならそうはいかないぜ。
 モニカが右足でボールをまたぐ。つづいて左足が動く。今度もまたいだだけだ。
 ボールは動かない。お前はカズかよ!と突っ込みを入れたい。

 そっちが来なけりゃこっちから行くぜ、とばかりに体を入れる。
 一応、女相手だ。ふっ飛ばさない程度にがつんと当たる・・予定だったが、
 それが罠だった。
 ボールは俺の股の間を転がって後ろへ抜けていった。モニカが右に飛びのく。
 足、動いてねえのになんで地面にあるボールが動くんだよ?
 もちろん、足を動かしてないのにボールが動くわけはない。
 限りなくノーモーションのトゥキックでボールを押し出したんだろう。
 片足でフェイントをかけてその実、残った軸足でボールをつついて抜き去る。
 珍しいテクニックではないが、切れ味がよすぎる。
 飛びついた俺が馬鹿だった、ということだ。タカシといい勝負だ。
 くそったれ、このままで終われるかよ。俺はきびすを返すとモニカを追った。
 しかし。
 後ろから見ると実にいいケツだ。

 結局、紅白戦は2−2の引き分けで終わった。
 タカシが1点、俺が1点決めたが、
 ゴールを決めてこれだけ気分の悪い試合も記憶にない。
 モニカを中心に好き放題パスを回されて、こっちはいいように走らされた。
 俺とタカシの個人技による強引なシュートがなくて、
 相手チームの1年FWが決定機をもうちょいまともにものにしていれば、
 3−0、4−0で負けてもおかしくない試合だった。
 「nicefight!」モニカが俺の脇に寄ってきて頭をぽんぽんと叩く。
 俺はガキじゃないって。思いっきりしかめっ面をしてやった。
 やっぱ、外人には態度で示さないとな。
 でもそれを見たモニカは、楽しそうに大笑いした。
 ほんと、国際理解ってのは難しいな。言いたいことが通じない。
 タカシは俺と違って頭の構造がサッカーゴール程度の単純さだから、
 さっそく「howareyou?」とか訳のわからんこといってる。
 赤点しかとったことのないお前の英語が通じるかっつーの。
 なんかモニカがいい、タカシのおどけた声。そしてみんなの大きな笑い声。
 やれやれ。一日でチームに馴染んじまってるよ。
 俺は顔についた土ぼこりを手の甲でぬぐった。

 自陣、ハーフウェーから少し入ったところでモニカがボールを持つ。
 モニカの足技の巧みさを知った代表も、もう簡単には取りにこない。
 落ち着いてパスコースを切って網をかけ、徐々にその網の目を絞りこんでくる。

 一度、DFに預けて立て直したいところだが、
 うちのDFがボールをもらいにいくより、相手のFWのチェックのほうが早い。
 本山が体を寄せてくるが、モニカはそれをひらりとかわしてキープし続ける。
 たいしたもんだ。だがパスの出しどころがない。
 やむをえずハーフウェーまでもらいに下がってきた高田にパスを出すが、
 その高田に中田浩二がすばやく後ろからチェック。
 持ちこたえきれずボールを奪われる。また相手ボールだ。
 やばい、スペースがありすぎる。
 モニカが少し上がっていた一方、DFラインは引きっぱなしなので、
 中盤のあちこちに隕石が落ちても大丈夫なくらいのスペースがあちこちに空いている。
 それを埋めるのが今日の俺の役目だ。
 俺はすばやく周囲を見渡して、代表の選手の位置を把握すると、DFに指示を出す。
 ボールを奪った中田浩二からパスが出る。
 モニカの後ろにぽっかり空いたスペースに阿部勇樹が上がってくる。
 しかし、そこは俺が網を張っていた場所。トラップ際で完全に体を寄せることができた。

 ちと気は引けるが、ここはしっかりつぶしておくしかない。
 強引に足を伸ばしてボールを取りに行く。阿部がバランスを崩して倒れる。
 すかさず審判の笛。ここの位置のファールならなんとかなる。
 俺はすばやくボールから離れて早いリスタートに備える。
 戻ってきたモニカが俺を見て、かすかに笑うと軽く手を上げた。
 任せとけって。お前の後ろは俺だけじゃなくみんなでカバーするから。
 だからお前はお前のやりたいプレーをやってくれ。

 モニカが学校に来た日の翌朝、俺はいつものように公園でボールを蹴っていた。
 うちの部は朝は完全な自主練習になっている。出るも出ないも自由だ。
 だから、朝は家の近くで自分一人でトレーニングすることにしている。
 軽く家の周りをランニングした後、近くの広い公園でボールを使った簡単な練習。
 ひとりで練習するときは、いつもこの公園だ。
 いつものようにリフティングをはじめたところで、
 ふと昨日のモニカのボール捌きを思い出す。
 いくつか記憶にあったやつを真似してみようとするが、
 ボールが思い通りコントロールできない。
 四苦八苦していると、俺の耳に笑い声が聞こえた。

 顔を上げると、そこに立っていたのは一昨日の昼間、モニカと一緒にいた女だった。
 金髪のショートカット、モニカよりも全体的に細身な印象だ。
 足元に旅行に持ってくような、車輪のついたピンクのスーツケースが置いてある。
 ボールをよこせ、と彼女が手振りで示したので、俺はボールを蹴った。
 彼女はボールを持つと、リフティングをはじめた。
 うまい。昨日のモニカにも驚かされたが、この女も相当な腕前だ。
 ひととおりのテクニックを見せると、彼女はボールを足元で留め、にっこりと笑う。
 「どう?わたしもなかなかやるでしょ?」
 まったくもってきれいな日本語だった。

 俺たちは近くのベンチに腰掛けて話しはじめた。
 彼女の名前がシンディといい、モニカとはアメリカで友達だったこと。
 シンディも母親が日本人のハーフであり、それもあってモニカと意気投合したこと。
 シンディは子どもの頃日本で暮らしていたこともあるし、
 家の中では母親がずっと日本語を使っているので、
 モニカと違って日本語がきちんとしゃべれるらしい。
 今回、モニカが日本に住むことになったので、
 シンディもモニカの引越しにあわせて、久しぶりの日本に旅行に来たこと。
 モニカと一緒に京都などを旅行して回ったが、モニカの学校生活が始まるので、
 今日、これから飛行機で彼女はアメリカへ帰ること。
 そんなことを彼女は話してくれた。

 「毎朝、ここで練習してるんだって?モニカから聞いたわよ」
 昨日の練習後、モニカにあの公園でいつも練習しているのか、と聞かれたから、
 正直に、時間の空いたときや朝は、あそこで練習している、と答えたのだが、
 それを耳に挟んだらしい。
 シンディは俺にモニカとのいろんなエピソードを話してくれた。
 知り合ったのは3年前だったこと。
 二人は日本人を親に持つハーフ同士ということで、すぐに無二の親友になった。
 同じチームで出た、アメリカの女子サッカーの大会では、
 ぶっちぎりの強さを誇ったこと。
 いろいろな試合中のエピソードや、日常での笑い話。
 そんなことを話しているうちに時間が過ぎていった。
 彼女は時計を見ると、もう飛行機の時間だわ、と呟いた。
 俺もそろそろ学校に行かなければいけない時間だった。
 「そういうわけでモニカのことをよろしく頼んだわよ。
 わざわざこんなかわいい娘がお願いしてるんだからね」
 シンディはにっこりと笑った。

 よく見るとお母さんの遺伝が強く出ているのか、
 モニカよりも日本人に近い感じがする。
 髪はブラウンだし、顔の彫りは深いけれど、全体的な体の感じが日本人ぽい。
 ちらっとみた横顔にも、どこか日本人らしい整った感じが漂っている。
 その分、胸も少し小さめだけど、それも人によっては好みだろう。
 俺が話を聞いてないと思ったのか、シンディが少しむっとした顔をして
 「サッカーがちょっとうまいだけで、17歳の普通の女の子なんだからね。
 しかも私と違って、日本は初めてなんだからとても心細いはずなんだから」
 あれでかあ、と俺は思わず抗議する。
 昨日のふてぶてしく堂々とした態度をみると、とてもそうは思えない。
 シンディは反論しようとする俺をにらみつけると
 「モニカはね、結構あなたのことが気に入ってるはずだから。
 いきなり公園でからかったりするのは、あなたに興味があったからよ。
 昨日、学校から帰ってきたあとも、君にあったことを楽しそうに話してたわ」
 それでも釈然としない俺をよそにシンディは
 「日本では、これも何かの縁ていうでしょ。とにかく一緒にサッカーやるのよ、
 そして彼女が困ったときは助けるの。わかったわね」
 ここで首を横に振ったらただじゃすまない気がしたので、俺は素直にうなづく。
 シンディは満足したようににっこりと笑うと、スーツケースを持って立った。
 またいつか会いましょう、seeyouagain!とシンディがかわいく笑って手を振った。
 俺も手を振った。

 岩崎が審判に選手交代を告げた。
 代わるのはCBの渡辺。相当へばっているようだ。
 少しでもフレッシュな選手を入れて持ちこたえようという考えだが、
 サブの選手だから力は落ちる。差し引きしたらとんとんか。
 山口、田中の両サイドの足ももうほとんど止まっている。
 交代させてやりたいところだが、奴らの代わりがいない。
 うちはまだそこまで選手層が厚くない。普通の公立高校の限界だ。
 となると結論はひとつしかない。
 ピッチに残ったやつらはもっともっと走れ、ということだ。
 モニカはどうだろう。俺はモニカの様子を遠目で伺う。
 なるべくスタミナをセーブしろ、という俺たちの指示に従って、
 シンプルなプレーに徹している分、まだ多少余裕はあるようだ。
 どんなにワンサイドのゲームでも、どんなに実力差があっても、
 1回もチャンスの来ない、完全なノーチャンスのゲームというのは
 実際のところなかなかないものだ。必ず後半も1回はチャンスが来る。
 それを決定的なものにするにはモニカの力が必要だ。
 そのためにはなるべくモニカのスタミナは大事に使いたい。




 モニカと同じクラスの、そして同じ部の友だちとして
 一緒に過ごす毎日がはじまった。
 同じ教室で勉強し、放課後はグラウンドで一緒に走る。
 昼には学食で一緒にくそまずいラーメンをすすったりもする。
 そんなふうに一緒の時間を過ごしていくうちに、
 モニカについていろんなことを知るようになった。
 サッカーは物心つく前からやっていたこと。
 アメリカでも女子のクラブチームに入っていて、攻撃的MFをやっていたこと。
 アメリカというとやっぱりメジャーリーグやNBA、NFLのような
 他のスポーツのイメージが強いので、
 その話を聞くとなんか変な感じがするのだが、
 それをいうとモニカは鼻の穴を膨らませて怒った。
 確かに男子も女子もFIFAランキングでは、アメリカは日本より上なのだ。
 この前の日韓ワールドカップでもちゃんとベスト8に残っている。

 俺たちは、そんな話をつっかえつっかえしながらやりとりした。。
 モニカの日本語は、お母さんから多少習った程度で、
 相当練習する必要があったからだ。
 ある日なんか、朝、教室で顔をあわせるなりいつもの大きい声で、
 「ハーーーイ、スケベーーー」と叫ばれたのにはあせった。
 話を聞くと、それが俺のニックネームだと教わったらしい。
 アホなことを教えたタカシとサッカー部の連中を
 さんざん俺がしめあげたのはいうまでもない。
 事情がわかった後も、すっかりその言葉が気に入ったモニカは、
 決して間違ってない、とかいいやがって、時折、スケベーと俺を呼ぶようになった。
 そのたびにクラスの女子が、怪訝な顔をして俺を見る。
 ほんと、勘弁してくれっつーの。

 グラウンドでのモニカはやはりただものではなかった。
 ボール扱いだけなら、部の中では一番うまかった。
 というかトレセンや試合で見た他の学校やユースの連中まで含めても、
 モニカほどうまいやつは俺の記憶の中にはいなかった。
 俺たちは練習のはじめと終わりに、
 モニカのやってみせる様々なリフティングやボールタッチを、
 まねしたり、またはモニカから教わることが日課になった。
 「stop!」というモニカの声。
 俺は頭の上に載せていたボールを、首の後ろでいったんホールドした後、
 背中づたいに落として足で処理する、というトリックの練習をしていた。
 けれども頭から落としたボールは、
 ホールドするどころか勢いよく転がり落ちてしまう。
 そばで見ていた山口が、
 「うまい選手は背中でもボールがトラップできるっていうけど、
 ほんとなんだなあ」なんて暢気に感心している。
 お前も一緒にやれ、といいたいが、
 山口はニヤニヤしながら高見の見物を決め込んでいる。

 俺の正面にたったモニカが、いきなり俺の頭を両手で掴んだ。
 訳がわからなかったがどうやら頭を下げろ、といいたいらしい。
 引っ張られるまま、頭を下げて前かがみの姿勢をとると、
 モニカが俺の首筋を触った後、そこにボールを載せた。
 なるほど、モニカが触ったところにくぼみがある。ここを使え、ということか。
 納得して、モニカにわかったよ、と言おうとして視線を上げた俺はぎょっとする。
 モニカの巨乳が顔の至近距離にある。
 うっかり顔を左右に動かそうものなら当たってしまいそうな近さだ。
 よくいう谷間に顔をうずめる、というのはこんな感じなんだろうか?
 やわらかくて弾力のありそうな胸が目の前。
 くそ、健康な男子高校生には刺激が強すぎるぜ。
 「あっ、おめえ、モニカちゃんとなにやってんだ!!」
 あー、タカシの声だ。必ず邪魔をしやがる。

 もちろんモニカはボール扱いだけでなく、ゲームでも実力を発揮した。
 パスセンスと視野の広さは、俺たちの中では飛び抜けていた。
 敵に囲まれた状況の中でもしっかりとボールをキープして、パスを出す。
 空いたスペースとフリーの味方はめったに見逃さなかった。
 俺がフリーの位置にいるときに、どうせ気づいていないだろうと思っていると、
 モニカからどんぴしゃのパスが飛んでくる。
 この状況であいつには俺が見えているんだ、という驚きがあった。
 それはいままでうちのチームでは経験したことのない感覚だった。
 俺たちの年代で将来、Jに行くようなやつと会うと、
 次元を超えたモノの違いというやつを痛感させられるらしいが、
 俺にとってはモニカがその対象だった。こいつはモノが違う。

 ただ、しばらくやっているうちに、モニカにも弱点があることがわかってきた。
 弱点というのは酷かもしれない。それは筋力の問題だからだ。
 女性としては文句なく十分にトレーニングされていたし、
 欧米人の体というべきか、日本人のそれとは比べ物にならない強さがあった。
 だがそれでも、やはり筋力の限界というのがあった。
 接触プレーなんかは意外と身のこなしや体の使い方で対応できるのだが、
 ロングキックやシュートのスピードにはやはり辛いものが見えた。
 テクニックでは足元にも及ばない俺たちが、
 シュートスピードやキックの飛距離ではモニカを確実に超えていた。
 練習でやるゲームでは、モニカは中盤に入るようになった。
 俺と一緒のときはさしづめダブル司令塔だ。
 本人が元々やっていたポジションというのも大きかったが、
 時にロングフィードが必要なDF、激しい身体接触があるFWは
 やはり彼女の体の特性を考えると男に混じってプレイするには難しい。
 ただ別にそれは俺たちにとって不自由なことでなく、
 そういう特性のあるチームメートがいるというだけのことだった。

 その一方、俺もタカシも、そして部の連中みんなが、
 フィジカルトレーニングに一生懸命取り組むようになった。
 ランニングからはじまって敏捷性や運動能力を上げる様々なトレーニング。
 今までの俺たちはそういうトレーニングに対して、
 不真面目とはいわないが、さほど熱心でなかったのも事実だった。
 どのスポーツでも同じだが、やっぱりボールを触ってるほうが楽しい。
 でもモニカが入ってからしばらくすると、
 みんながトレーニングについて真剣にやるようになった。
 トレーニング中のひとつひとつの動きを、指の先まで神経をいきわたらせて行う。
 それは単にモニカを見て、筋力の大事さを理解したから、というだけではない。
 自分の持ってる体の特性や能力、
 それを最大限引き出すことの大切さとひとりひとりが向き合いはじめた。
 パワーのあるやつ、スピードのあるやつ、頑丈なやつ。
 それぞれが自分の長所を把握して、
 それを最大限発揮しようという意識が俺たちの中に自然と生まれていた。



 大黒が早い反転からシュート。DFがついていけていない。
 低いボールが枠に飛んだが、楢崎さんが横っ飛びではじきだす。
 ライン際に転がったボールを内藤が必死にタッチラインへ蹴りだす。
 大黒の動きがいい。好調という報道はほんとうのようだ。
 ピッチを見回して俺たちの状態を確認する。
 うちはエリア付近にDFの4人と、両サイドの二人が張りついている。
 しかし6枚いても守りきれる、という感じはしない。
 ハーフウェーラインにタカシが残っている。
 もう一人のFWの高田はもう完全に中盤に下がっている。
 モニカ、俺と高田の3人で中盤。6−3−1みたいなもんだ。
 攻められっぱなしだから、ずっとこの隊形になってしまっている。
 なまじ前線の枚数を減らすと、攻撃に手をかけられてしまうから、
 なるべく高め、高めにいるつもりだったが、もう限界か。
 タカシを引かせて俺もエリア内に入って守るか?
 そのとき、内藤がすっと俺のそばに寄ってきた。
 「絶対にカウンターのチャンス作るから」
 思わず内藤の顔を見返す。内藤はいつもどおりのくそまじめな顔で、
 「なんとか守るから。だから攻撃は頼む。
 モニカちゃんとタカシとお前の3枚でカウンター狙ってくれ」
 俺は何も言えなくなってうなづいた。
 この試合、トータルで見れば内藤がもっともそんな役回りかもしれない。
 ひたすら相手の攻撃を耐え忍び、体を張り続けている。
 それでもまだ内藤は前を見ていた。目の前に広がる膨大なスペースに
 いつかボールが出て、それを俺やモニカが運んでいく様子を。
 俺は黙ってエリアの少し外にポジションをとる。




 そんなふうにして、モニカが部にもすっかり馴染んだある日曜日。
 都内の私立校との練習試合があった。久しぶりの試合だった。
 名門校として有名な、そしておそらく今年も格上だと思っていた
 その相手に、俺たちは完勝した。
 俺自身もプレイしていて、いままでと感覚がまったく違うことに驚いていた。
 いままでだったらふらついてたような、相手のがつがつとした当たりを
 俺の体はしっかりと受け止める。当然ボールを出すときの余裕も違ってくる。
 動きの違いは俺だけじゃなかった。
 タカシたちFWは相手のチャージを跳ね飛ばし、競り合いも強引に突破する。
 内藤たちDFはロングボールを屈強にはね返し、相手からボールを奪う。
 山口、田中の両サイドはライン際を相手選手の倍は走り、クロスをあげ続けた。
 チーム一人ひとりが大きく成長していた。
 ひしひしと手応えを感じてベンチに引き上げると、
 ベンチで待っていたモニカが大喜びで俺たちを迎えた。
 「fantasiticネー。ミンナ、ナイスゲーム」
 俺たちはモニカと腕をクロスさせて喜びを分かち合った。

 その日の帰り道。俺はタカシと一緒の電車に乗っていた。
 「なあ」タカシが口を開いた。
 「ん?なんだ」
 「モニカちゃん、試合出られないのかなあ」
 それは俺も何度か気づきながら触れないようにしてきたことだった。
 今日の練習試合、モニカはジャージ姿でずっとベンチに座っていた。
 「俺もルールとかちゃんと読んだことないからわからないけど、
 たぶん女子と男子ってサッカーはきっちり分かれてるんじゃないか」
 「だよな。確かセリエAのペルージャが女子選手を入団させようとして、
 FIFAからストップがかかったことあったよな」
 そのニュースは俺も聞いたことがあった。
 「高校サッカーもやっぱりだめなのかな」
 俺は返事ができずに黙っていた。
 しばらく電車の走行音だけが俺とタカシの間でリズムを刻んでいた。
 「モニカちゃん、ほんとにうまいのになあ。
 実力だけでいえば、うちでも当然レギュラーだし。
 なによりモニカちゃんと一緒にサッカーやりたいよなあ」
 その気持ちは俺も一緒だった。
 「でも試合のたびに見てるだけじゃモニカちゃんもつらいよなあ。
 あれだけサッカー好きなんだもん。一緒にやりたいだろうになあ」
 俺は黙って窓の外を見る。街の景色が流れていく。

 ある日の練習前、岩崎が部のメンバーを集めた。
 「協会から連絡があって、今度日本代表と練習試合をさせてもらえることになった。
 ワールドカップ最終予選の前の調整ということだ。
 代表がしっかり調整ができるよう、協力したいと思う。きっちり準備しておけ」
 みんなから歓声が上がる。代表との試合なんてビッグニュースだ。
 いつまでたっても自慢できる貴重な経験だ。
 そんな浮かれた雰囲気の中、タカシがすいません、と手を上げた。声がうわづっている。
 岩崎がいぶかしげな目でタカシを見る。みんなの視線がタカシに集まる。
 「その試合にモニカちゃんを出してください。お願いします」
 いきなりタカシが大きく頭を下げた。
 「実力はいうまでもありません。だから、モニカちゃんを出してください」
 相変わらず、本能のままに動くやつだな・・と俺は心の中で呆れる。
 いまどき、スクールウォーズじゃないんだぞ、感動ドラマなんか流行らない。
 空気の読めない奴だ、ここは一発俺がびしっと・・・。
 俺は一歩前に出て「俺からもお願いします」
 タカシの横に出て、深々と頭を下げた。
 「お願いします」キャプテンの山口もでてくる。
 いつしか部の全員が口々に言いながら、頭を下げていた。
 その様子をモニカは口を手で抑えてじっと見ていた。目には涙がたまっている。
 ばーか、泣くなよ。俺は心の中で呟く。
 当たり前のことをしてるだけじゃん。泣くほどのことじゃないって。
 「誰が使わないって言った?」そこに岩崎の声。
 俺たちは頭を上げる。
 「今回はモニカはスタメンで使う。その分、誰かが出られなくなる。
 モニカに負けないようにしっかり練習しておけよ」
 みんなにみるみるうちに笑顔がこぼれる。やったー、と喜んでる奴もいる。
 岩崎が口元だけにかすかに笑みを浮かべて
 「相手が代表である以上十分に作戦を練る必要がある。よく準備をしておけよ」

 「ん?」モニカがなにか言った気がして、俺はモニカのほうを振り向いた。
 練習の帰り道。冬の陽が落ちるのは早い。もう完全に真っ暗だ。
 自転車通学の俺たちは並べて自転車をこいでいた。
 「アリガト」
 モニカの、南の海のように青い目がじっと俺を見ている。
 「シアイ、オネガイしてくれてアリガト」
 俺はのどの奥が詰まるような胸苦しさを感じる。
 「バーカ。それに礼はみんなに言っておけ」
 フフ、とモニカが笑った。
 そのまま二人とも黙って自転車を走らせる。
 制服の短いスカートから、健康そうな白い太ももが見え隠れする。
 普段こいつの足なんてグラウンドで嫌ってほど見ているのに、
 こういう状況で見るとなぜかエロくて少し落ち着かない。
 一緒にサッカーやってると感じねえけど、こいつ、女なんだよなあ。
 大通りの交差点につく。ここを俺はまっすぐ、モニカは右に曲がる。
 「ジャアネ、スケベサン」
 俺の心の中を見透かしたように一言言うと、
 モニカが笑って手を振って夕闇の中へ消えていく。
 顔が火照るのを感じながら「うるせえ」と言い返す。
 その言葉はモニカの耳に届いただろうか。



 監督の岩崎がまた選手交代を告げる。
 サイドバックの渡辺が呼ばれ、タッチラインに走っていくが、
 足取りが重い。相当疲労している。
 その隙にベンチの下級生に時間を確認する。
 35分です、あと少しです、頑張ってください、という答え。
 よく35分持ちこたえたな、というのが本音だった。
 おそらく後半は一本もシュートを打たせてもらってない。
 相手のシュートは数えたくもない。たこ殴り状態だ。
 でも、まだ2−0でリードしているのはこっちだ。
 点をとられていないのが不思議としかいいようがないが、
 ツキがこっちにあるのだけはまちがいない。
 あと10分。もう正直体は限界に近い。
 けど、あと10分で終わってしまうのが惜しい。





 その日から俺たちの練習にはいっそう熱がこもった。
 代表が相手とはいえ、所詮は大会でもないただの練習試合。
 だけど俺たちの気合は冬の選手権にかけるそれにも負けてなかった。
 モニカと一緒にできる数少ない試合。
 相手が代表といえどぶざまな試合だけは決してできない。
 といっても技術ではるかに上回る相手。
 いつもと同じサッカーをしていたら、まるで相手にならないだろう。
 まずモニカのフィジカルを考え、中盤でのボールの奪い合いは避ける。
 DFはボールを持ったら中盤をすっ飛ばして、
 徹底して前線にロングボールを入れる。
 FWはとにかくそのボールを競り、
 そのこぼれ玉をMFがひろって、攻撃を組み立てる。
 モニカはキープをなるたけ封印して、速いテンポでパスを捌く。
 そのためには俺と両サイドがモニカがボールを持つと同時に、
 パスコースができるようすばやく動き出さなければいけない。
 言うのは簡単だし、基本中の基本だ。
 しかしこれをやり続けるのは至難の技だ。
 ばんばん無造作にほうりこまれてくるロングボールをひたすら追いかけて
 競ることの辛さは、FWをやったことのある人間ならわかるだろう。
 その意味でタカシに今回課せられる指名は苦行に近いものがあった。

 俺たちMFもサボることは瞬時たりとも許されない。
 代表の攻撃力を考えると、4枚のDFを上がらせるのは無理、と
 俺たちは結論を出していた。常に4人は残しておく。
 すなわち前線と、おそらく引き気味になるDFラインの間の
 広大な領域を俺たちMFで、攻撃に守備にとカバーに走ることになる。
 その運動量を考えるとそれだけで気が遠くなりそうだった。
 中国大陸を駆け回ったという昔の騎馬民族よりも、
 俺たちが走らなければいけない距離は長いんじゃないかとさえ思える。
 「一言で言うと、とにかく相手より走れ、だな」
 タカシがわかりきったまとめをした。
 相手より一歩でも二歩でも、とにかく多く走ること。
 技術が上の相手に勝つには、運動量で上回ることが最低条件だ。
 その上で数少ないチャンスをものにする。
 そのチャンスは必ずモニカが作り出してくれる。その自信はあった。



 左サイドからほうりこまれたクロスボール。しかし精度がない。
 一歩早く動き出した内藤が落ち着いてヘディングでクリア。
 そのボールがエリアの外で待っていた俺の先に落ちてきた。
 すかさずトラップ、そして前を見る。
 開いている。目の前に誰もいない。
 ハーフウェーラインでは、すかさずタカシが右サイドへ猛然とダッシュ。
 モニカも誰かにマークされながら中央によってきている。
 いちかばちかタカシの前のスペースに、
 ロングボールを蹴りこめば、チャンスになるかもしれない。
 それとも中央のモニカか。モニカに預けて起点になってもらい、
 その間に俺たちが一気に押し上げる。
 しかし、サイド際のスペースにほうりこんで、タカシがボールをとれるのか。
 モニカに出したとして、一枚ついているマークをモニカは外せるのか。
 残り時間を考えれば、DF陣の疲労を考えれば、ここはキープして時間を稼ぐべきか。
 迷う。俺は判断に迷ったままドリブルでタッチライン際に進む。
 遠くにタカシの怒っている表情。違う、ここは確実に行きたいんだ。

 その瞬間、左後方から激しい息と殺気。
 本能的に危険を察する。このままだと体ごと刈られる。
 考える暇もなく飛ぶ。ジャンプした瞬間、
 俺の足元を誰かの体が通っていくのが見える。
 俺は無様に前のめりに芝生に突っ込む。倒れたまま首をひねって確認する。藤田だ。
 ボールは藤田のスライディングでタッチを割ってスローインの判定。
 藤田が芝生に横たわったままの俺の頭をぽんぽんと叩いていく。
 その手が俺に言っている。よく交わしたな、なかなかやるな。
 屈辱感で胸がいっぱいになる。
 手を突いて起き上がる。その時、金切り声が聞こえる。モニカだ。
 見るとこっちへ走ってきながら何かわめいている。
 すっかり興奮しているので、英語になっている。
 何を言ってるのかはわからないが、むちゃくちゃ怒っているのだけは誰が見てもわかる。
 意味が通じないのを幸いに俺は無視してストッキングをあげる。
 モニカが近くまできて何か言っている。まるで昔磐田にいたドゥンガだ。
 ドゥンガに怒られた選手はこんな気分だったんだろう。

 審判が、体は大丈夫か、と聞いてきたので、大丈夫です、と答える。
 それでもモニカが何事かわめいている。かわいい顔が台無しだ。
 そこにタカシが割って入ってモニカをなだめる。
 無理やりモニカに回れ右をさせて、ピッチのほうへ送り出す。
 モニカはまだなにかわめきながら渋々戻っていった。
 代表の選手もそれを呆気にとられて見つめている。
 「気にするな。まだチャンスはある」
 てっきり怒られると思ってたが、タカシは淡々といった。
 「すまなかった」思わず詫びの言葉が素直に口をついて出る。
 モニカが怒るのも無理はない。絶好のカウンターのチャンスだった。
 それを周りを信じきれずに判断に迷って、中途半端な形でつぶしてしまった。
 自分自身への怒りが体の中から沸きあがってくる。
 俺たちが今日ここでやりたいのは、勝つために時間を稼ぐサッカーじゃない。
 モニカのプレーを、モニカのすばらしいセンスを、みんなに見せてやる。
 そしてモニカと一緒のサッカーを最高の対戦相手と試合して楽しむ。
 そのために、俺たちは今日の試合に向けて準備してきたはずだ。





 「帰らねえのか」声に振り返るとタカシが立っていた。
 部活の終わったグラウンド。
 少しずつ陽は長くなっているけど、まだ夕闇の訪れがはやい。
 俺はタカシにうなづき返すと、ボールを蹴る。
 ゴール右上にイメージしたとおりの弾道でボールは吸い込まれる。
 それを見たタカシがひゅーっと口笛を吹く。
 「いまのは明日にとっておいてほしいもんだな。
  本番は明日だぜ。あまり疲労は残すなよ。」
 わかってるよ、と返事する。明日に備えて、今日の練習は早めに切り上げた。
 モニカも他のみんなももう帰ったはずだ。
 もう一度、ボールを蹴る。ゴールマウスに川口が見える。
 もう一度。今度は左下。イメージの中の川口が俺の蹴ったボールに飛びつく。
 おい、半分もらうぞ、とタカシがいって、
 俺が練習用に転がしておいたボールを半分くらい蹴って動かす。
 そのままタカシもシュート練習をはじめた。
 シャープに振りぬかれた足がボールを叩くいい音がする。
 しばらくの間、お互い黙々とシュートを打ち続ける。
 静かなグラウンドに聞こえるのは、俺とタカシの呼吸する音。
 ボールを蹴る音。そしてボールがネットを揺らす音。
 遠く校舎のほうで、誰かのはしゃぐ声が聞こえる。

 やがて俺もタカシも転がっていたボールを全部打ち終わる。
 俺たちはゴールの周りにちらばったボールをかごへ片付けていった。
 「最近、俺さあ、サッカーがおもしろいんだ」
 ボールをかごに放り投げながらタカシがひとりごとのようにいった。
 「いや、別に今までがつまんなかったわけじゃねえんだ。
 でも、モニカちゃんが来てから、ほんとにサッカーが楽しくてさあ。
 ほら、ガキん頃って近所のやつらとサッカーやるじゃん。
 誰が上手いとか下手とか関係なく、ただボール蹴ってるのが楽しいじゃん。
 モニカちゃんとサッカーやってると、なんかあのときの感覚思い出すんだよ」
 なんとなくタカシの言ってることは俺にもわかるような気がした。
 ただ単純にうまくなりたかった。シュートを入れると嬉しかった。
 いいプレイができると気持ちよかった。
 なぜかモニカと一緒にプレイしていると、サッカーが楽しい。
 ロナウジーニョのプレイにはサッカーの楽しさが詰まっている、というけれど、
 俺たちにとってはモニカがちょうどそんな存在だった。
 俺は、誰かにサッカーの楽しさを伝えられるような人間になれるだろうか。




 一方的。サンドバッグ。やりたい放題。
 相変わらず代表のシュート練習が続いている。
 俺たちは走らされ、倒され、弾き飛ばされ、ピッチに這いつくばっている。
 しかし残り10分を切っているというのに点が入らない。
 俺はふっとピッチの雰囲気が今までと微妙に変化しているのに気づいた。
 どんなスポーツでも、こういう場のムードというのがある。
 サッカーで言えば、誰も何も言わなくてもみんながノッてる時、
 押し込まれているけどしっかり我慢している時とかいろいろある。
 さっきまでピッチには、うちのチームの
 いつまで持ちこたえられるだろうという先の見えない不安と、
 代表の面々の、じっくり料理してやるぜと
 いわんばかりの余裕がたちこめていた。
 しかし、いまこの時、俺の肌が感じているピッチの気配は違う。
 攻めても攻めても、打っても打っても、点が入らない。
 そして残り時間も少なくなってきた。このままではやばい。
 たとえ練習試合でも負けて許される相手ではない。
 それに気づいてしまった代表のメンバーの雰囲気が変わってきた。焦りだ。
 いくら修羅場をくぐり、ロスタイムで劇的な場面を演出してきた
 日本代表でもこの時間で高校生相手に2点差をつけられて負けている、という
 現実からとうとう逃れられなくなった。
 その証拠に、向こうから発せられる声が微妙にとげとげしいものになっている。
 無意識にそれを感じとったのか、うちの連中が出す声は逆に大きくなってきた。
 流れが変わる。来る。もう一回チャンスが来る。

 代表のコーナーキック。蹴るのは本山。
 キーパーから曲がって逃げるボールを内藤がヘディングでクリア。
 あいつ、ほんとうにたくましくなった。
 前はウドの大木みたいだったのに、いつのまにか頼りになるDFになっている。
 こぼれたボールが左サイドから下がって守備をしていた山口の足元に入る。
 すかさず顔を上げた山口と目があう。
 ボールをくれ!と目で叫ぶ。
 山口が間髪いれずライナーのボールを蹴った。
 周囲を確認。誰もいない。このボールは俺のものだ。
 すばやく前線の様子を確認する。
 センターサークルで張っているタカシには茶野と坪井の2枚がついている。
 タカシはさっきと同じように右に動くとみせて、左へダッシュした。
 左サイドではモニカがマークを一人連れて猛然と駆け上がってくる。
 走りながらボールをトラップ。スピードを殺すことなくそのままドリブル。
 「行けーーーー」という誰かの馬鹿でかい声。内藤か。
 あいつがあんな大きな声を出すなんて。
 もう一度ルックアップ。左サイドに流れたタカシに坪井がついていく。
 茶野はハーフウェーの先で俺が突っ込んでくるのを待っている。
 モニカが左からタカシの空けた中央のスペースへ走って来る。
 その瞬間背後に誰かの気配。追ってくる。追いつかれる。来る。
 とっさにボールの下に足を入れて軽く前に蹴る。
 その瞬間にダンプに跳ね飛ばされたかと思うような衝撃。
 下半身をなぎ払われる。俺の体は階段を転げ落ちるように芝生の上で回転する。
 笛を吹くな!!俺は心の中で絶叫する。
 今度こそ、このボールはモニカに届けるんだ。

 俺はすぐさま立ち上がりボールを捜す。
 チャージされる直前軽く浮かせたボールは、
 ライン際イメージどおりの位置に転がっていた。
 もう一度ボールを蹴って走り出す。笛は鳴らない。
 審判が両手を伸ばしてアドバンテージをとっているのがちらりと見える。
 てっきり笛が鳴るだろう、と思って動きを止めたのか、
 代表のメンバーはもう誰も後ろから追ってこない。
 牢獄から脱走に成功した囚人の気分だ。
 いま、俺の目の前にはスペースという名の自由が広がっている。
 ハーフウェーラインを超えた。茶野が俺の縦を切る。
 その後ろをモニカが左サイドから一気に右へ駆けていく。
 茶野にカットされないよう、一回中へドリブルで切り込むフェイクを入れてから、
 タッチライン際、モニカの右足めがけて右のアウトサイドでパス。
 茶野が伸ばした足の先、ボールはラインめがけて転がっていく。
 そのボールにモニカが追いつく。だが、内にぴったりとマークが併走している。
 右サイドの代表のスタッフがモニカを追いかけている。
 だがモニカは落ち着いていた。そのまま、ライン際を一気にドリブルすると見せかけ、
 ボールを右足のヒールで左足の後ろを通して内側へ送り出す。
 マークしていたスタッフは、勢いがついていた分行き過ぎてしまう。
 モニカがすかさず身を翻してスタッフを置き去りにし、中央へ切れ込んで持ち込む。

 茶野が必死にモニカを追う。もうモニカを止められるのは茶野しかいない。
 このまま突破されたら決定的だ。
 DFとしてはたとえ女相手でも、ここはファール覚悟で止めるしかない場面。
 茶野の手がモニカのユニフォームにかかる。
 モニカの体が傾く。やはり力勝負ではきついのか、と思った次の瞬間、
 ボールがふんわりと上がり、弧を描きながら
 中央に走っていたどフリーの俺の足元に微笑みながら落ちてくる。
 自分の頭越し、茶野を越える大きなループパス。
 まったくなんて女だよ。いつボールを浮かせたんだ?
 それよりも俺の位置がなぜわかる?背中に目がついてるとしか思えない。
 中央にぽっかりと道が開いている。赤絨毯がゴールまで引いてあるのが見えるようだ。
 ペナルティエリアがもうすぐ目の前だ。
 ルックアップ。土肥の顔が見えた。しっかりとゴールマウスを見る。右足を振り上げる。
 シュートと判断した茶野と坪井が両脇から飛び込んできて足を伸ばし、
 シュートコースをふさごうとする。
 大丈夫、完璧に見えている。
 インパクトの瞬間力を抜く。キックフェイントで左へふんわりとしたボール。
 タカシ。約束どおりのプレゼントだ。
 坪井のマークが外れたタカシが完全にフリーだ。
 オフサイドに引っかかったら殴るぞ、お前。

 タカシがトラップで軽く前に出して、利き足の右でシュートできる位置にボールを置く。
 覚悟を決めた土肥が飛び出してくるが、タカシは落ち着いている。
 しっかりと土肥の動きを見てから、余裕を持って右足を振りぬいた。
 きれいなライナーのボールがサイドネットを揺らす。ゴールを告げる笛が鳴った。
 3点目。体からふっと力が抜ける。これで勝負は決まった。
 タカシは右足のこぶしを高く突き上げてガッツポーズ。
 そして誰に見せるのか、タッチラインのほうを向いてもう一度こぶしを突き上げる。
 俺はタカシに後ろから飛びついて抱きつく。
 「びびって外すんじゃねえかと冷や冷やしたぜ」
 「バーカ。スターはああいうチャンスは外さないんだよ」
 モニカも来る。
 「タカシ、nicegoal!」
 モニカちゃん、ありがとーといいながらタカシがちゃっかり抱きついてやがる。
 ま、いいか。1対1だったとはいえ代表のキーパー相手にきっちり決めたんだから、
 それくらいのご褒美はあっていいだろう。
 モニカとじゃれあうタカシが今まで見たこともないとびきりの笑顔をしている。
 きっとこいつもこいつなりにこの試合にかけてたんだろうな。
 自分の仕事を果たした男の顔をしている。
 そのまましばらく3人でじゃれあうが、頃合いをみて自陣に戻る。
 ふと顔を上げると、楢崎さんが手を叩いてくれている。
 内藤が、山口が、田中が、満面の笑顔だ。
 俺はもう一度、こぶしを軽く突き上げ、ガッツポーズを見せた。
 残り時間ももうほとんどないはずだ。俺たちは日本代表に勝つ。

 試合再開の笛。代表が顔色を失ったのが見てとれる。
 この時間の3点差。もう勝敗は決している。
 ロングボール。ドン引きの高田がヘッドでクリア。
 そのまま、ボールが落ち着きなく動き回る。
 ゴール前にロングボール。何人かがヘッドで競り合う。
 唐突に審判の笛。
 これは試合終了の笛じゃない。
 はっとしてゴールを見ると、唇をかむ楢崎さんの姿と、
 その後ろに転がっているボール。
 手をひざについてうなだれる内藤たちDF。
 この時間帯まで耐えに耐えたDF陣。
 3点目が入って、張り詰めていた緊張が解けてしまったのだろう。
 でも、それを責められる奴なんかいるわけない。
 どうやらヘッドで決めたのは大黒か。
 その大黒がすかさずゴールからボールをかきだして、
 小脇に抱えてセンターサークルへ走る。
 ああ。まだあきらめてないんだ。
 いや、あきらめられないんだ。日本のすべてのサッカー選手の夢を
 背負っている彼らは、たとえこの状況でもあきらめることは許されないんだ。
 俺たちだけじゃない。みんな何かを背負ってピッチに立ってるんだ。
 だがそこで長い笛。大黒の足が止まり、天を仰ぐ。

 山口が、田中が、内藤が。いかにも精根尽き果てたと、ピッチにばたばたと座りこむ。
 ばーか。まるで負けたみたいじゃないか。勝ったんだぞ。みんなで笑って喜ぼうぜ。
 そんな俺もひざにまったく力が入らない。
 集中が切れた今、自分の体もうまく操作できない。ゆっくり歩くのがやっとだ。
 こんな感触は初めてだ。今日、俺は自分の限界を超えたんだろうか。
 一歩、また一歩。みんなのほうに歩いていく。
 モニカが座り込んでいる山口に手を伸ばす。その手を掴む笑顔の山口。
 そして、今度は田中。モニカが手を伸ばして、順番にみんなを立たせてゆく。
 だらしないやつらだ。あれじゃモニカが母親みてえじゃねえか。
 そして俺たちは軽く喜びを分かち合った後、中央に並ぶ。
 審判の指示に従って、タッチラインのほう、お客さんをむいて礼をした。
 拍手が聞こえる。
 その後、代表の選手たちと握手。
 俺たちはこの人たちと対等に闘って、そして勝ったんだ。胸を張ろう。
 ベンチに引き上げる俺たちにまた拍手。
 ああ。俺は思う。きっと俺はこの時聞こえた拍手を一生忘れない。
 ベンチに戻ったところで、みんなが喜びを爆発させる。
 試合に出られなかったメンバーも、笑顔、また笑顔だ。
 あちこちでガッツポーズ。暑苦しい抱擁。はしゃぎ声。
 そんな喧騒の中、俺はベンチに腰をかけ、スパイクの紐を解く。
 目の前に人が立つ気配。靴から手を離し顔を上げるとモニカがいた。
 にこにことしている。かわいい笑顔だ。
 「楽しかったか?」
 目と目で通じ合える。そんなにたくさんの言葉はいらない。
 「ウン、日本にきてヨカッタ」
 俺はその言葉にゆっくりとうなづき返す。
 冬の風が体に冷たい。
 試合の終わったグラウンドに、夕闇が少しずつ近づきはじめていた。

 試合が終わった両チームの選手が引き上げてくる。
 行くか、と小熊は滝沢に声をかけた。滝沢がうなづく。
 「そうだ、今日の試合、代表はビデオ撮ってるはずだよな。
 滝沢、ダビングしてこっちにも一本回してもらうよう
 頼んでおいてもらえないか」
 「あの女の子をウチのチームに呼ぶつもりですか」
 と滝沢はにやにやしている。
 ばーか、小熊は言い返す。
 「呼べるものなら呼びたいのはやまやまだがな・・
 男だったらこのまま連れて帰りたいとこだぜ。
 まあ、仮に呼べたとしても」
 小熊は後ろを振り返る。
 「あのお姉ちゃんには先約がいるみたいだから、
 許可をもらわないとだめだろうけどな」
 小熊の視線の先では上島が来た時と同じ優しい笑みを浮かべている。
 上島さん、楽しくて仕方ないだろうな、
 まったくこんな選手が沸いて出てきたら、監督としてはたまらないぜ・・
 小熊は上島に軽く会釈すると、滝沢と肩を並べて歩き出した。





 けたたましいベルの音。
 ああ、俺は寝てるんだ。いま、起きるんだ。
 少しずつ意識が戻ってくる。とりあえず目覚ましを止める。
 もう起きる時間だ。ベッドの上に起き上がる。
 普段と同じ部屋なのに、なんか妙に現実味がない。
 寝すぎたからかな・・なにしろ試合が終わった後、
 まっすぐ家に帰って風呂入って飯食ってすぐ寝ちまったからな。
 あんなに早く寝たのは、何年ぶりだろう?
 昨日の試合・・。なんか夢のような気がする。
 俺たちは日本代表に3−1で勝った。
 モニカが決め、俺が決め、タカシが決めた。
 俺たちが日本代表に勝つなんて、ほんと夢みたいな出来事だ。
 しかしそれが昨日確かに起きたことなのは、俺の体の痛みが証明してくれている。
 とりあえずベッドに起き上がり、体を動かしてみる。
 あちこちで筋肉がきしんでいる。錆び付いたロボットのようだ。
 1試合やっただけでこんなに体が重いのは記憶にない。
 日本代表が相手だったし、俺自身も限界近くまで頑張ってたということか。
 心と体に激励のムチを入れて、ベッドを抜け出した。台所へ行く。
 台所ではいつものようにおふくろが飯を用意してくれていた。
 「ニュース見た?昨日の試合すごいことになってるわよ」
 顔をあわせるなりおふくろが言う。

 おふくろは普段俺がサッカーをしていることにまったく興味がない。
 少年団の頃は、熱心に練習を見に来たり、
 自分のガキにあれやこれやとアドバイスしてたり、
 はたまた熱心にビデオ撮影したりする親がわんさかといた。。
 そのたびにうちとどうしてこんなに違うんだろう、と子供心に思ったものだ。
 それはその後も変わらず、トレセンやら遠征やらに呼ばれるようになっても、
 うちの親はまったく関心を示さない。
 ちゃんと楽しくサッカーをやっているなら、
 上手下手はどうでもいいという考えなのは俺もわかってはいるのだが。
 そのおふくろが、こんなふうにサッカーの話をするのは珍しい。
 「帰ってきてすぐ寝ちゃったから・・テレビつけてみなさいよ。大騒ぎよ」
 いわれるまでもなく俺はリモコンをとって、テレビのスイッチを入れる。
 ちょうど朝の情報番組がはじまったところだ。
 見慣れた顔ぶれが、いかにも売り物っぽいさわやかな笑顔を振りまいている。
 てっきり政治かなんかのニュースからはじまると思っていたら、
 「今日はサッカー日本代表のニュースからお伝えしたいと思います」
 と来たから驚いた。
 「北朝鮮戦を控えた日本代表は、昨日、埼玉南高校との練習試合を
 行いましたが、その模様を早速ごらんいただきましょう」
 早速画面はVTRに切り替わる。テレビスタッフが遠くから映したのか、
 普段のサッカー中継とは全然違う、ほぼピッチと水平の位置からのアングル。

 「なんと先制したのは埼玉南高校。ゴール前で得たフリーキックを直接・・」
 画面の中には代表の壁に向かって立つモニカと俺の姿。
 テレビの中でモニカが白い足を振りぬくと、
 恐ろしく変化する軌道でボールがゴールに突き刺さった。
 なんだよ、これ。俺は人事のように絶句した。
 昨日間近で見たときも凄いとは思ったが、改めてビデオで見ると、
 まるで中村俊輔が蹴ったような、えぐい落ちっぷりだ。
 川口がとれなかったのもなんら不思議はない。
 一瞬、俺たちの喜ぶカットが映る。
 「日本代表も反撃に出ますが、決定力を欠き得点できません・・」
 代表のシュートシーンがいくつか流れる。
 玉田が頭を抱え、鈴木が唇をかむ。
 「逆に前半終了間際、埼玉南高校は鮮やかなパスワークから攻め込むと、
 日本代表の隙をついた見事な追加点」
 画面はモニカがボールを持ったところからはじまり、スルーパス。
 そのスルーパスを受けた俺が、ゴールに叩き込む。
 我ながらすばらしいゴールだ。リプレイを10回ぐらい流す価値はある。
 「これ、決めたのお前だよね。ちゃんと点とったんだ。」
 おふくろも一緒に画面を見ている。
 「でも、えらいのはあなたより、あのパス出した子のほうだね。うまいね、あの子」
 おふくろ、代表と試合することの意味、全然わかってないだろ。
 ゴールを決めるってすごいことなんだぞ、もうちょい感心しろ。
 でも言ってることは正しいので、俺は黙ってテレビを見る。
 「前半はこのまま2−0で終了。
 後半はメンバーを入れ替えて、サブ組が出場しました」
 大黒や松田の抜きの絵が入る。

 「後半は日本代表が一方的に攻め立てますが、
 高校生チームのキーパーを務めた楢崎のファインセーブ、
 そして高校生チームのディフェンスの頑張りもあり、ゴールが奪えません」
 雨あられと降り注ぐ代表のシュート。こうやってビデオで見せられると、
 点が入らなかったのがほんと不思議なくらい、決定機、また決定機の連発だ。
 どさくさにまぎれて守備に奔走する内藤の姿がアップで映る。
 地味キャラのくせにいいとことりやがって。
 勘違いしないように今日会ったら、釘をさしとこう。
 「そしてなんと試合終了間際、
 代表のコーナーキックから、埼玉南高校のカウンター」
 画面では、ハーフウェーを越えた俺が、モニカへパス。
 モニカがあっさりとマークを捌いて持ち込み、
 最後は茶野をひきつけて、俺へのループパス。
 俺はゴール正面でフェイントを入れて、左のタカシへ。
 タカシが鋭くゴールに突き刺した。
 うめえ・・・。流れるようなパスワーク。
 自分たちのプレイなのに俺は思わず感動のため息を洩らしていた。
 モニカが一番重要なプレイをしたのはもちろんだが、
 全体の流れを見てもボールの動きが早い。
 自分たちのプレイだとは思えないぐらい、華麗なゴールだった。
 「ほんとにあの女の子はうまいねえ。お前なんか彼女のおまけだね」
 おふくろまでがしみじみとつぶやいているが、そのとおりなので返す言葉がない。
 「日本代表は最後、大黒のヘディングシュートで1点を返すのがやっと」
 大黒のゴールシーン。
 「結局3−1で日本代表は高校生に敗れ、北朝鮮戦に向けて、
 大いに不安の残る内容となりました」

 宮本をはじめ、何人かの選手のインタビューの様子が映し出される。
 連携に関して修正しなければいけないポイントが多い。
 守備のポイントについて互いに選手同士でよく話しあっていかないと。
 相手が引いたときにどう崩すかという意思統一が必要。
 代表の選手たちはみな沈痛な面持ちで修正点をかわるがわる口にしていた。
 続いてテレビの中では元Jリーグの選手が、解説をはじめた。
 ジーコジャパンの問題点とやら。俺には関係のない話なので、
 冷え始めた手元のトーストをいそいでぱくつく。
 思いのほか解説のコーナーは短く終わった。
 画面は切り替わり進行役の男性司会者が、
 それでは今日のスポーツ紙を見てみましょう、というと
 画面には、スポーツ新聞の一面がずらりと映し出された。
 どの紙面も大きな文字で扇情的な見出しが躍っている。
 「ジーコ赤っ恥!!高校生に負けたぁ〜〜」
 「代表弱ぇーー 高校生に3−1完敗」
 これがプロのサッカー選手なんだな、と俺は唐突に思う。
 いい結果が出れば、あれやこれやとほめそやされ、
 悪い結果が出れば容赦なく、手加減なくボロクソに叩かれる。
 これがプロなんだ、プロの世界の厳しさなんだ。
 思わず背筋を伸ばしてしまう。

 司会者がいくつかの記事を紹介し、もうこれで終わりだろうと思ったら、
 「もうひとつ、この試合ではあっと驚く出来事がありました。
 こちらをごらんいただきましょう」
 司会者がレバーかなんかを操作すると、画面の中の新聞が回転する。
 さっきは一面、今度はどうやら裏面らしいが・・
 俺はそこに並べた紙面を見て、思わず飲んでいた紅茶をこぼしそうになる。
 そこにはズラリとモニカの写真が並んでいたのだ。
 「すっげえ、スーパー女子高生 代表撃沈だぁ」
 「スーパーFK突き刺した 逆輸入秘密兵器は女子高生」
 1面に匹敵するような意味のわからない見出しが並んでいる。司会者の声がかぶさる。
 「昨日の練習試合、なんと埼玉南高校には女の子が出場していたのです。
 名前はモニカちゃん、アメリカからの帰国子女です。
 そして、このモニカちゃんが、代表を手玉に取ってしまいます」
 さっきのフリーキックがもう一度流される。そして俺へのスルーパス。
 「ゴールを決め、アシストも記録したばかりか、
 テクニックでも代表を完全に翻弄」
 試合中のボールをキープするシーン、
 そして3点目へ至るシーンで茶野のマークを受けながらループパスを出すシーン。
 かつてヴェルディの森本がJ最年少ゴールを決めたとき、
 まんまと料理された茶野があれこれ揶揄されていたが、
 茶野にしてみたら悪夢は繰り返すという感じだろう。
 こんなもん全国放送でこれみよがしに取り上げられたら相当へこむ。
 俺は心底茶野に同情した。

 テレビの中ではいつのまにか、普段サッカーを見てるとはとても思えない
 コメンテーターと称する人々が映っている。
 ひとりが
 「卓球の愛ちゃん、フィギュアのミキティに、
 このモニカちゃんといい、もうすっかり時代は女子高生ですね」
 と訳わからんことをいうと他の連中が深くうなづいてる。
 「しかし日本代表もほんと情けないですね。
 プロが女子高生に負けるなんてあっちゃいけないですよ」
 まあそうなんだが、じゃあお前モニカとサッカーしてみろよ。
 毎日、モニカに部活で手玉に取られてる俺としては、そこは代表を弁護したい。
 いかにもサッカーを知らない感じのする中年の女性コメンテーターが
 「このモニカちゃんを北朝鮮戦に出すことはできないんですか」
 できるわけないだろ、と心の中で突っ込みを入れたが、
 素人の人があのVTRを見たら、そう思うのも無理はない。
 いや、むしろそう思うのが普通の考え方か、と思い直す。
 司会者が、残念ですが・・みたいにフォロー。
 だよな、と納得してると、ところがですね、と司会者が妙に力を入れる。
 このVTRを見てください、という司会者の言葉とともに、
 画面にはどこかで見たことのある中年の男の顔。
 一瞬、考えるが画面下に映し出されたテロップを見てはっと気づく。

 「アメリカでも評判の選手だったと聞いてますしね。
 実力については、今日皆さんもごらんになったとおりだと思います。
 はい、3月にはオーストラリア遠征もありますので、
 可能ならばそこで一度呼んで見てみたいと思ってます」
 この顔はそう、女子日本代表、なでしこジャパンの上島監督だ。
 呼ぶってことは、なでしこジャパン、女子日本代表にモニカを呼ぶってことか?
 「モニカちゃんは、お母さんが日本人で、日本国籍を持ってるんですが、
 アメリカでの代表歴がないので、なんとなでしこジャパンに選出可能なんです。
 春には日本代表として、また私たちにそのプレイを見せてくれそうです」
 司会者の言葉に無邪気に喜ぶスタジオのコメンテーターたち。
 そのあと、そのへんの街角とレベルの変わらないやりとり。
 俺はあまりの急展開に呆然として、テレビの音がよく聞こえない。
 そんな中、コメンテーターが言った。
 「でも、この子は人気出ますよ。これだけサッカー上手くて、
 顔もかわいいし、スタイルも抜群。これからほんと楽しみですね」
 それを聞いたおふくろが俺の隣で
 「そうそう。この子かわいいもん。
 なんかスターの雰囲気あるし。絶対に人気出るわ」
 細木数子ばりの口調で断言した。
 おふくろのこういう言葉は、それが芸能人の離婚であれ、
 政治家の失脚であれ、不思議と当たるのだ。

 朝、おふくろにねだった小遣いで、
 俺は通学路の途中のコンビニで、スポーツ新聞を全紙買った。
 そしてようやく俺は、昨日の試合が俺の想像を遥かに超える
 ビッグニュースとして扱われていることを理解した。
 政治的な意味からも注目を集めている北朝鮮戦の直前ということもあるだろう。
 大事な試合を控えた代表が高校生に負ける、という出来事のわかりやすさもあるだろう。
 しかしなんといっても、このニュースの魅力はモニカの存在だった。
 まだ17歳の女子高生が代表をばったばったと斬り捨てた痛快さ。
 落ち着いて考えればマスコミが飛びつかないはずがなかったのだ。
 驚くべきことに、新聞はもうモニカについても情報を手に入れていた。
 ある新聞ではこんなふうに書いていた。
 「アメリカの女子サッカー関係者の間では、
 先日引退した女子サッカーの第一人者の「ミアハムの継承者」として、
 次代の女子サッカーを担う選手として期待を一身に集めていたという。
 アメリカのサッカー協会首脳が、
 「アメリカはついにサッカーにおいても、世界を驚嘆させる光り輝く才能を産み出した。
 ただその才能は、女性の体に宿っている」と性差別すれすれの表現で惜しんだほどだ」

 また別の新聞。
 「若年層の発掘に定評のあるプレミアリーグとブンデスリーガのあるビッグクラブが、
 中学生時代の彼女を見て、すぐさま契約のオファーを出したという秘話がある。
 女性だということに気づいた彼らは、オファーを取り下げたが、
 それでもあきらめきれないという表情だったという」
 「女子サッカーの人気が高いアメリカでも、近年は財政難による女子プロリーグの休止、
 そしてスター選手だったミアハムの引退と、厳しい状況になっている。
 それを打破し、再び女子サッカーを盛り上げるための起爆剤として、
 モニカちゃんには多くの期待がかけられていただけに、
 両親の仕事の関係で日本へ移住したことについて、
 アメリカの女子サッカー関係者のショックは非常に大きいものがあるようだ。
 「プレイ面はもちろん、あのルックスが産み出すスター性。
 戦力と人気、どっちの面から見ても大きな損失だ」と、ある関係者は沈鬱に語った」

 机の上に広げたスポーツ新聞をひととおり読み終わると、
 思わず口からため息がもれた。
 知らなかった。そこまでアメリカで期待をかけられていた選手だったなんて。
 一緒にいるようになってしばらく経つけど、
 俺はアメリカ時代のモニカのことをなんにも知らなかったのだ。
 ただ記事の内容はよく考えれば当然のことだった。
 あれだけのテクニックを持っている選手が、埋もれるなんてことはありえない。
 新聞を広げると、またモニカについて書いた記事があった。
 「もちろん、これほどの選手が日本に来たことについて、
 日本サッカー協会も既に情報は収集していた模様だ。
 アメリカでの代表歴がなく、なでしこジャパン入りに支障がないことも確認済みだ。
 日本代表との練習試合では、女子代表の上島監督もさいたま市に足を運び、
 モニカちゃんのプレーを直接その目でチェックした。
 明言こそしなかったが、目的がモニカちゃんだったのは間違いない」
 なんか事態の急展開というやつについていけない。
 口から思わず深いため息がもれる。
 学校の中も今日は朝から大騒ぎだ。俺も外にいるとあちこちから
 声をかけられっぱなしなので、こうして教室の中の自分の机に避難している。
 同級生の話を聞くと、インターネットでもすごいことになっているらしい。
 有名なインターネットの掲示板では、昨日の試合の様子がニュースで流れるや否や、
 ジーコ解任派と擁護派が激論を繰り広げはじめ、
 北朝鮮戦はもうだめだ、ワールドカップもだめだ、という悲観論が一気に蔓延。
 日本のサッカーこれでいいのか、と議論は果てしなく広がり続け、
 もはや収拾のつかない状況になっているらしい。
 その一方で、モニカの人気もものすごいらしく、
 「モニカタソで(*´д`)ハァハァするスレ」というモニカについて話すトピックができると、
 あっという間にすさまじい量の書き込みがあったらしい。
 歯車というのは回りだすと止まらないものなんだな、と妙なところで実感した。

 そこに一段と騒がしい声。顔を上げると、モニカが教室の中に入ってくるところだった。
 一番後ろに並んでいる俺とモニカの机。モニカが机の間を歩いてくる。
 顔を見ると唇をきゅっと結んでいる。ご機嫌斜めのようだ。
 どうした?と声をかける。それくらいの言葉は雰囲気で通じる。
 モニカは俺の顔を見ると、表情を和らげて、オハヨウといった後、
 眉を寄せて、カメラを持って写真を撮る構えをした。
 ん??意味がわからず俺がきょとんとしていると、
 モニカと一緒に入ってきた女子が、
 「モニカちゃん、知らない人にいきなり写真を撮られたみたいなの。
 マスコミなのか、それとも関係ないただの人かわからないけど・・・」
 いきなり写真を撮られりゃ誰だっていい気はしない。
 俺たちは芸能人じゃないんだし・・と思いかけて、この大騒ぎに気づく。
 もうあの騒ぎの中にいる連中にしてみれば、モニカは芸能人と変わりがないのだろう。
 俺の気分がちょっと暗くなる。そんな自分自身のもやもやを吹き飛ばすように、
 俺はモニカに笑って喝を入れる。
 「そんなの気にすんなよ、元気出そうぜ。今日も練習サボるなよ」
 言葉はわからなくても意味は通じる。モニカがかすかに微笑んだ。

 やれやれ、メディアというのはほんとおそろしいもんだな・・
 小熊は家のダイニングでテレビを見ながらしみじみと心の中で呟いた。
 普段サッカーなんかまったく報じない昼の情報番組が、
 昨日の練習試合とモニカのネタをトップに持ってきている。
 川内さんの筋書き通りというわけか・・・。
 小熊は妻が入れてくれたコーヒーを口に運ぶ。
 昨日試合観戦に誘ったときに滝沢が口にした「仕掛け」の中身が
 小熊にはもうだいたいつかめていた。
 川内キャプテンの公約とも言えるキャプテンズミッションのひとつとして、
 女子サッカーの活性化があげられていることは周知の事実である。
 アテネ五輪でベスト8に進出し、競技力の向上は実現したが、
 一方、女子サッカーをとりまく環境はいまだ厳しいものがある。
 男子もJクラブの経営は相変わらず苦しいが、
 徐々にリーグのクラブ数も増え、裾野は確かに広がっている。
 地域密着の理念、企業からの独立も、少しずつではあるが実現しつつある。
 だが、女子選手たちの置かれた環境は、お世辞にも恵まれたとはいえない。
 アテネで活躍したFWの荒川はスーパーのレジ打ちのパートをしている、
 というのでずいぶん話題となったが、
 あのアテネでの活躍後も荒川はレジ打ちのパートを続けているのである。
 荒川だけではない。多くの選手が驚くほど貧弱な環境でプレイしているのが現実なのだ。

 今年、Lリーグからは1社が撤退した。
 幸いに今回は代わりにスポンサードしてくれる企業が見つかって、
 チームの解散という事態は避けられたが、
 女子サッカーの置かれている状況はそれほどまでに脆弱なのである。
 女子サッカーを発展させ、日本に根付かせる。
 その目的のためには女子サッカーに人の目を集め続けなければいけない・・・
 テレビではモニカのVTRが流れている。
 岩崎が顧問をしているんだ、当然サッカー協会との連絡はとっていただろう。
 当然モニカがアメリカでどの程度のレベルの選手だったかは調査したはずだ。
 抜群の実力に加え、マスコミ受けするルックスと外国人というもの珍しさ。
 女子サッカーにとってのどから手が出るほど欲しいスターだ。
 ひとりのスターがどれほどスポーツのあり方を変えてしまうかは、
 古くはミスターのプロ野球にはじまり、最近では宮里藍の活躍する女子ゴルフを見ても
 改めて説明の必要がないほどだ。
 スターが生まれることで観客が増え、興行がスムースに成り立つ。
 当然、協会としては、その露出方法について考えたはずだ。
 それが代表との練習試合。それ以上何かをする必要はない。
 彼女の実力なら適当な舞台をあてがえば、あとは自然と輝きを放ってくれる。
 それが本物のスターというものだ。
 もっともその輝きは少し強烈過ぎたがな・・・小熊はひとり苦笑する。

 まさかキャプテンも代表が負けるとは夢にも思ってなかっただろう。
 しかし結果としてよりセンセーショナルな話題となり、マスコミは飛びついた。
 これからのなでしこジャパンの活動をマスコミは我先にフォローするだろう。
 そしてこのニュースを見た多くのサッカーが好きな女子中学生、高校生が、
 自分たちの可能性について希望を持つようになるだろう。
 それは女子サッカーの競技力向上はもちろん、
 彼女たちが観客として、そしていつか母親としても、
 日本でのサッカーというスポーツの裾野を広げることにつながっていく。
 「ほんとすごいわね、この女の子。モニカちゃんって言うんだ」
 妻がテレビを見ながらにこにこと話す。
 「男相手にここまで対等にやっちゃうんだもんね。気分いいわあ」
 妻の無邪気な横顔を見ながら、小熊は腑に落ちるものがあった。
 そうか、女性にしてみると、女性が男と対等に、
 いや男以上に活躍するというのは痛快極まりないことなのだ。
 一応、男女平等とされる日本の社会でも、現実には
 女性はいろいろな理不尽なハンデを負っているのが現実である。
 スポーツという正々堂々とした勝負の場で、男をなぎ倒す痛快さ。
 きっと世の女性の多くがこのニュースに快哉を叫んでいるのだろう。
 しかも女子高生が相手じゃ、嫉妬の感情の湧きようもない。
 無条件で諸手をあげて、受け入れられる素地があるわけだ。
 いきなりなでしこジャパンでデビューさせてたら、こういう反応はなかったかもな。
 「わたしもサッカーやってみようかしら。そしたらあなた教えてくれるでしょ」
 若く甘かった時代とは大違いな妻の腹のラインに目を向けると、
 小熊はそっとためいきをついた。
 「おい、出かけてくる」
 どこへ行くの、という妻の声に、協会へ、と短く答える。
 昨日の試合のビデオが届いているはずだ。

 春が来るのはまだなんだろうけど、
 今日のグラウンドは太陽に照らされてぽかぽかと暖かい。
 今日もいつもと同じように放課後の練習が始まる。
 日本代表との練習試合からもう数週間が過ぎた。
 あの試合の後、しばらくは学校の周辺にもマスコミがいたりしたが、
 もうさすがに姿を見ることもなくなった。
 日本代表は苦戦しながらも、ロスタイム大黒の劇的なゴールで北朝鮮を下した。
 テレビで観戦していた俺は、大黒の反転シュートが決まった瞬間、
 俺たちの練習試合で点を入れた後、ボールを抱えて走っていた姿を思い出した。
 あきらめないことの大切さ。俺たちはあの試合から多くのことを学んだ。
 練習試合で日本代表に勝った話はしばらく学校中の話題だったが、
 さすがにもうみんな飽きてきた。そんなものだ。
 だから、俺たちはいつもと変わりなく練習している。
 変わりなく?そう俺たちの目に見える範囲では。
 でも、俺たちを取り巻く環境はあの試合の前と後では変化している。
 そう、モニカの人気は下火になるどころか、ますます過熱する一方だ。
 学校にもインタビューの申し込みが山のように来たらしいが、
 岩崎とモニカのご両親が話し合った結果、
 取材についてはすべてお断りすることにしたらしい。
 だがマスコミはモニカの一挙手一投足を追っている。

 練習試合の後、モニカには地元のLリーグチーム、さいたまレイナスから
 練習参加のオファーが来た。
 元々厳密にはうちのサッカー部の部員ではなかったモニカが、
 レイナスの練習に参加するのには何の障害もない。
 といってもLリーグチームは練習場を確保するのも苦労する状況が続いている。
 だからモニカは放課後はほとんど俺たちと一緒に練習をしていた。
 モニカを巡る環境の変化はそれだけにとどまらない。
 あの練習試合から一週間後。
 2月下旬からJヴィレッジで行われる女子日本代表の合宿のメンバーが、
 日本サッカー協会から発表された。
 澤をはじめとしたアテネ組の名前がずらりと並ぶ中、
 そこにモニカの名前が記されていた。
 五日前からはじまった合宿に参加するため、モニカは今Jヴィレッジに行っている。
 マスコミがモニカを追って一斉に福島に押しよせたのはいうまでもない。
 スポーツニュースでは澤や小林たちに混じってボールを蹴るモニカの姿が流れていた。
 合宿が終わると、女子日本代表はオーストラリア遠征を予定している。
 おそらくモニカはその遠征にも帯同することになるだろう、と報じていた。

 「おい、気合入ってないぞ。怪我しないよう気をつけろよ」
 タカシの声にはっとする。うっかりぼんやりしてたらしい。
 「モニカちゃんがいなくてさみしいのはわかるけどよ」
 タカシが楽しそうにニヤニヤしている。
 わかってるよ、と答えたものの、そういうタカシだって
 ここ数日は練習しててもどこかつまらなそうだ。
 いや、タカシだけじゃない。ほとんどの部員がそんな感じだ。
 あいつの存在がこんなにでっかくなってたなんてなあ・・・
 「ほんと怪我には気をつけてくれよ。週末は練習試合もあるんだし」
 別の声。振り向くと山口だ。
 え、今週って練習試合だったっけ?思わず聞き返すと、山口が頭を抱えた。
 「お前なあ・・ちゃんと俺ミーティングで言ったぞ。
 しかもどことやるかわかってんのか。市舟だぞ。市立舟橋。
 あの超強豪がわざわざうちに来てくれるんだぞ、しっかりしてくれよ、司令塔」
 これもモニカちゃん効果ってやつだよな、とタカシが呟く。

 あの試合の後、うちの練習試合の相手は一気に豪華になった。
 今までだったらお願いするのが気が引けるような強豪どころから、
 申し込みが次々ときているらしい。
 モニカ目当て、話のタネというのもあるだろうが、
 強い相手とやらせてもらえるというのはうちにとってありがたい話だった。
 そうだな、モニカに負けないようしっかり練習しなくちゃな。
 そう自分に言い聞かせてボールを蹴りかけたところで、
 ふと職員室のベランダに立つ岩崎の姿が目に入る。
 グラウンドとは距離があるから俺たちに何か指示を出そうというわけではない。
 俺たちがサボってないのか見ている?いや岩崎はそういうタイプの監督ではない。
 よく見ると岩崎の隣に誰かもう一人男が立って、一緒にこっちを見ている。
 誰だろう?見覚えのない人影だ。うちの先生じゃなさそうだ。
 近くの学校のサッカー部の顧問かな?
 「おーい、練習やるぞおー」というタカシの声。
 いまいくよ、と返事して俺はタカシのほうへ走っていった。

 「まったくどの子を見ても、俺たちのときとは比較にならないほどうまいな・・」
 小熊はグラウンドでボールを蹴る部員たちを眺めながら、思わず呟いた。
 小熊の立場上、各世代のトップクラスの子どもたちを見る機会は多い。
 彼らがうまいのは当たり前だ。小熊の前に出てくるまでに、
 何重ものふるいにかけられて、セレクトされているのだから。
 だがこうやって普通の公立高校の、ふるいにかけられていない
 普通の子どもたちの練習を目にする機会というのは意外とないものだ。
 それでも、小熊が同じ年でグラウンドを走っていた頃とは、レベルが違っていた。
 底辺がまちがいなく底上げされていることを小熊は実感する。
 それがJリーグ発足後に果たされた日本サッカーの進歩だった。
 「いまの時代だったら、俺ももっとスマートな
 ストライカーになっていたかもしれないな」
 「小熊さんが?」岩崎が笑う。
 「いや、いくら時代が変わってもそれは無理でしょう」
 小熊は現役時代、自他共に認める泥臭いプレイヤーだった。
 まともに芯を食って決めたシュートより、
 体のどこかにあてて無理矢理押し込んだゴールのほうが多いと言われていた。
 それは高校、大学、実業団。そして日本代表でも、
 小熊の選手生活中変わることのない特徴だった。
 誰も体系だててテクニックを教えてくれない時代。
 小熊はもちろん影で技術の習得にも懸命に取り組んでいたが、
 最後に頼るのはガッツしかなかった。
 ゴール前、自分よりでかい相手にしがみついて、
 1センチでも1ミリでも、ボールに先に触る。小熊にはそれしかなかった。
 軽い怪我は試合のたびにしていた。幸いに大きな怪我をせずにすんだのは、
 バランスのよい体に産んでくれた母親のおかげだと今でも小熊は感謝している。

 「でもね、指導者になってみると、
 小熊さんみたいな選手が無性に欲しくなるんですよ。
 テクニックなんかある程度持っていてくれればいい。
 仲間が自分に出してくれたボールの重み、ひとつひとつのパスの重み。
 ひとつのパスの重みがわかる選手というのは、ある意味理想の選手ですよ」
 小熊は練習風景をじっと眺めている。
 滝沢も岩崎も、いつも俺のためにパスを出してくれた。
 ゴール前で振り返れば、必ず滝沢と、岩崎と目があった。
 どんなときもこいつらは俺を信じてパスを出してくれた。
 こいつらが出してくれたパスをゴールに決めることが俺のサッカーのスタート地点だった。
 「この前の試合、見せてもらったけどいいチームじゃないか。
 マスコミはお嬢ちゃんにばかり目がいってたが・・」
 ありがとうございます、と岩崎が応じる。
 「うちは普通の公立高校ですから、生徒集めはできないんですが。
 今年は奇跡的にいい選手が揃ってくれました」
 「あのFWの子はレッズのジュニアユースにいたんだって?」
 「ええ」
 岩崎の視線の先で、大柄な男の子がボールを蹴っている。
 「レッズさんのほうでは上に上げなかったみたいですね。
 理由はよく知りませんが・・。
 ただ、うちに来てからは、本人も自覚を持ってやってますし、伸びてますよ」

 今をときめくレッジーナの中村俊輔も、横浜のジュニアユースから
 昇格できなかった、という有名なエピソードがある。
 俊輔の場合、高校サッカーで実力をアピールし、J入りを果たしたが、
 それほどこの時期の才能の見極めというのは難しいものなのだ。
 それは小熊自身も常日頃、自らを戒めているところでもある。
 「そして10番の彼。樋口広樹か」
 「ええ。正直、予想外でしたね。ここまでいい選手になるとは・・」
 ふたりの視線の先で、FWの男の子とボールリフティングをしている。
 ボールが羽根突きの羽根のように二人の間をリズムよく行き来している。
 「中学時代は特に目立った活躍もないようだが・・」
 小熊が尋ねる。彼についてはもうひととおりのことは調べ上げている。
 「ええ、中学のサッカー部はずいぶん弱かったみたいですね。
 大会でも実績ほとんどありませんし・・
 選抜チームに呼ばれることもなかったようですね」
 やはりそうだったか、と小熊は納得する。

 日本でも若年層の育成のシステムというのは相当進んでいる。
 素質を感じさせる子どもたちは早い段階で選抜され、
 より高度なトレーニングを行う仕組みが確立されてきた。
 いま、Jリーグに入ってくる選手の多くは、子どもの段階から
 そういう選抜をくぐりぬけてきた、いわばサッカーエリートなのだ。
 だが、ここ数年U-20代表を率いる人間として、
 小熊は選抜された者ゆえの弱さ、脆さを強く感じるようになった。
 実力で格下の相手に苦戦する。
 テクニックで遥かに凌駕する相手にボールを奪われる。
 普通にやれば残せる結果が残せない。
 素質、トレーニング、練習環境。何一つ負ける要素のない国に試合で勝てない。
 それがエリートゆえのひ弱さなのか。
 負けるわけがないといわれた絹監督率いるU-17代表が、
 地元日本でアジア予選突破に失敗した事実は、小熊にとっても衝撃だった。
 外には漏れないが、協会内部では今までの育成システムに
 何が問題がなかったのか、徹底した反省と検証を行っている。
 そして小熊自身も昨年のアジアユースであわや予選敗退という場面まで追い込まれ、
 PK戦を制してかろうじてワールドユースの出場切符を手に入れたのだった。

 帰国後、小熊はひたすら自分のチームを見直した。
 何かがこのチームに足りないのはわかっている。
 だがそれは技術やフィジカルという単純な要素ではない。言葉にならない何かだった。
 小熊は前回のワールドユースでキャプテンに指名した
 今野泰幸をはじめて見た時の衝撃を思い出す。
 こいつなら心中できる。こいつを背骨にしてチームが作れる。
 一目見て小熊は体中に力が湧いてくるのを感じた。
 だが、当時の今野はまったくの無名で、トレセン経験もごくわずか。
 Jリーグチームから声がかかるはずもなく、
 地元の社会人チームへ進む話が進んでいた、世間の扱いはその程度の選手だった。
 だが、小熊の確信は揺らがなかった。
 この子が持つ強さ。これは教えられるものではない。
 他のエリートたちが持っていないものを、持っている。
 小熊は今野をキャプテンに指名し、彼を軸としたチーム作りを行った。
 ブラジルに完敗してチームの挑戦は終わったが、
 年代の持つ能力はほぼ引き出せたのではないか、と小熊は自負している。
 そうか。こいつもそうなのか。
 サッカーエリートのレールにのってこなかったやつなのか。
 「彼を呼ぶ気なんですか?小熊さん?」
 岩崎が単刀直入に聞いてきた。
 わかるか?と問い返すと、
 この時期小熊さんがうちまで足を運ぶとしたら、それ以外考えられませんから、と
 岩崎はすっかりわかっていた、というように淡々と答えた。

 小熊は、代表チームから回してもらった練習試合のVTRを何度も繰り返し見た。
 そのたびに、少しずつ小熊の予感は、確信に変わっていった。
 俺が欲しかった中盤は、こいつだ。
 小熊の視線の先、画面の中では10番をつけた高校生が動いていた。
 小熊はいそいで彼に関する資料を集めはじめた。
 だが、思いのほか情報は集まらなかった。
 いままでほとんど表舞台に出てくることがなかったのだ。
 代表歴はもちろん、トレセンにもほとんど呼ばれていない。
 唯一手に入ったのは昨年末の国際大会のビデオだった。
 ついこの前の年末。東南アジアのある国から、ユース年代の国際大会の招待がきた。
 といっても高校サッカーは冬の選手権真っ盛り。
 クラブユースもJユース杯とバッティングしている時期であり、
 本来なら参加を辞退したいところだが、諸般の事情によりそれはかなわず、
 冬の選手権の予選敗退校の選手を中心に急遽編成し、日本高校選抜として参加した。
 お世辞にも日本のトップレベルとは呼べない選手たちである。
 その時、彼も選手の一人として遠征に参加していたのだ。

 小熊はいそいでそのビデオをチェックした。
 テクニックが確かだ。そしてセンスもある。何より雰囲気がある。
 だが、そのビデオの中の彼は、驚くほど軽かった。
 プレイの質が、そして体が。
 このまんまじゃとても使い物にならない・・小熊はひとりごちる。
 テクニックは凄い。だが、この年代、超絶技巧を持っているやつなんてごまんといる。
 小熊の目にはそのプレイは「軽いファンタジスタ」にしかうつらなかった。
 厳しい国際大会を勝ち抜くには、軽いファンタジスタはいらない。
 相手の息の根を一撃で止めるような、ナタの切れ味を持った選手が欲しい。
 だが・・いまの彼は・・。小熊は練習試合のビデオと見比べる。
 お嬢ちゃんと組んだことが選手として成長するきっかけになったか。
 小熊は一人の選手がこれだけ短期間に変貌するという事実に少なからず驚いていた。
 フィジカルの弱いファンタジスタタイプのお嬢ちゃんとコンビを組む過程で、
 お嬢ちゃんを生かすために、自分が黒子の役割に回ることにしたのだろう。
 ボールを追い、お嬢ちゃんをカバーするためにピッチを走り回る。
 フィジカルの強化にも真剣に取り組んだのだろう。
 地味で泥臭い役回りをしっかりとこなしたところに成長が伺えた。
 守備がよくなると往々にして、攻撃力がなくなりがちだが、
 攻撃の勝負どころでは、持ち前のテクニックを駆使して突破する姿勢を失っていない。
 見違えるように選手としてのバランスがとれ、完成度が上がっている。

 そしてバランスのとれた土台ができたことで、
 彼が元々持っている「味」がピッチの中で表現できるようになっていた。
 こいつは、エリートたちが持っていないものを持っている。
 言うならば「異形の血」とでもいえばいいのだろうか。
 子どもの頃から、常に指導者の目に守られ、十分な指導を受けて
 栽培されてきた選手にはない根源的な力。
 メンタルに宿る意思。
 無名選手からアテネを経て次期代表を睨む存在になった今野。
 無名高校から練習生を経て、代表の屋台骨になった中澤。
 そう日本のサッカーの時代を作ったカズだって、ヒデだって、
 その時代の本道を歩んでいたわけではない。
 カズは日本のサッカーに背を向け単身ブラジルに渡った。
 中田英寿もまた、その強烈な言動は調和を旨とする輪の中で異彩を放った。
 そう、日本のサッカーにおいては、みんなレールから外れた「異形」の存在だった。
 俺のチームに、その血を、異形の血を注入してくれるのはきっとこいつだ。

 いつから呼ぶつもりですか、と岩崎が聞いてくる。
 3月の下旬にブラジル遠征がある。この遠征では向こうのクラブと、
 全部で6試合のトレーニングマッチを組んでもらっている。
 怪我をしてる者を除いて、小熊がワールドユースに連れて行く候補と
 考えている選手はあらかた招集をかけるつもりでいた。
 ブラジルのチームとの厳しい試合は、選手の力を見極めるのに
 うってつけだと小熊は考えている。
 「あいつ、どこまでやれますかね」岩崎がグラウンドに目をやる。
 小熊はそれに答えず、校舎のベランダから遠くを見る。
 先日、日本代表が北朝鮮に劇的な勝利を収めた埼玉スタジアムの白い屋根。
 暖かい日差しを受けて輝いている。
 代表は、ドイツへの道のりを歩みはじめた。
 その道がドイツまでつながっているのか、それとも途中で切れているのか、
 それは誰にもわからない。
 ただ、進む道がどのようになっていようとも、
 日本のサッカーが世界の頂点を目指す闘いをやめることはないだろう。
 ドイツ、南アフリカ、そしてまたその次のワールドカップ。
 道はどこまでも続いていく。頂点を極めるその日まで。

 「ん?」俺は誰かに呼ばれた気がして振り返る。
 後ろには誰もいない。気のせいか。
 どうしたんだよ、とタカシ。
 いや、誰かに呼ばれたような気がしたんだ、というと、
 モニカちゃんがいない寂しさでとうとう空耳が聞こえるようになったか、と
 タカシがからかってくる。
 俺はうるせえ、と言い返すとボールをタカシに向かって軽く蹴る。
 ボールが気持ちよく飛んでいく。
 新しい季節の訪れ。グラウンドには一足早い春の気配が立ち込めていた。




つづく

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2017年1月22日 | 近親相姦体験談カテゴリー:修羅場の体験談

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